第一話

文字数 1,442文字

 これを使うのは十年ぶりくらいだろうか。
 その日の夕方、僕は押し入れの奥から埃まみれのFAX機を取り出していた。取引先へ書類を送るためである。先方は昔からの職人気質で、パソコンはおろか携帯電話すら持っていない。
 先方の言い分としては、「そんなもん無くても仕事には支障ない」との事だが、こちらとしては充分支障がある。郵送しようにも、それだと期日が間に合わない。
 やがて先方がFAX付きの電話機を持っていたことが判明した。僕は何とか説得してFAXを使う事を渋々了承してもらったが、それとて面倒なのは変わりない。そもそも僕の勤める会社にはFAX本体が無いので、つい上司に「自宅に昔使っていたやつがあります」と口を滑らせてしまった。
 案の定、「じゃあお前頼む」とお鉢が回ってきた次第だ
 これは後日判明したことだが、送信先にFAXがあれば、パソコンで送信可能らしい。僕も含めて、会社の誰もそのことを知らなかったのが悔やまれた。

 話を元へ戻す。
 ウェットティッシュでFAXの埃を拭うと、電話線を差し込み口に入れる。試しに受話器を取り一一七番に掛けてみると、時報を知らせる女性の無機質な声が聞こえてきた。幸い、通信機能に問題はないようだ。今回は送信だけだから受信用の用紙は必要ないが、一応確認するとトレイにロール紙がしっかりと収まっていた。感熱式だからインクは必要ないが、時間が経つと印字が薄れるのが欠点である。
 準備を整え、発注書をセットして番号を押す。懐かしく甲高い機械音と共に書類がカタカタとFAXに吸い込まれていく。
 全ての書類を流し終えると先方に電話し、ちゃんと届いているか、書類に不備はないかを確認すると、電源を落として電話線を抜いた。

 それから何時間経っただろうか。
 ベッドでうたた寝をしていた時、カタカタと微かな機械音が鼓膜を揺らす。独身で独り暮らしだから僕以外に誰もいるハズがない。
 気になってベッドから飛び出ると、襖を開けた。耳を澄ませ、音の元を探ってみると、どうやらさっきのFAXが作動している模様だった。
 おかしい、さっき確かに電源を切ったはずだし、電話線も抜いたのは間違いない。それなのにFAXは何かを受信したかのように感熱紙を吐き出している。しかも、何やら文字が印字されていた。念のために電源と電話線をもう一度確認するが、やはり外れていた。

 やがてFAXは沈黙し、僕は用紙の端を手に取ると、それを思い切り引きちぎった。
 用紙に目を落とすと、そこには『明日、大石課長が遅刻する』と書いてある。確かに直属の上司は大石課長なのだが、彼は人一倍時間には厳しい。大石課長がこれまで一度も遅刻した記憶はなく、今後も欠勤することはあっても、遅れることはまずないだろう。
 誰かからのイタズラだろうか? それともオカルト的な何か?
 きっと機械の誤作動だと思うことにし、FAX用紙を丸めてゴミ箱へ放り込むと、欠伸をしながら再びベッドへと戻った。

 翌朝。目覚ましのけたたましいベルで目を覚ますと、顔を洗いながら昨日の奇妙なFAXの事を思い出して思わず苦笑いする。大石課長は本当に遅刻するのだろうかと思いを巡らせながら出勤すると、彼は本当に遅刻してきた。
 話によると、たまたま乗り合わせた電車が人身事故を起こして大幅に遅延したらしい。
 これは偶然だろうか?

 その夜もFAXが作動した。今回は『明日、高校時代の友人と会う』とあった。
 すると翌日、会社の帰り道で八年ぶりに高校の同級生と鉢合わせた。
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