第2話

文字数 2,011文字

 その後も“課長から褒められる”とあり、期待していると「君、何となく鼻の形が良いな」と微妙な誉め言葉を貰い、“宝くじが当たる”とあると、喜び勇んで十枚三千円分買い込んだが、一枚だけ最低の三百円が当たった。“課長に奢ってもらう”とあると、自販機の缶コーヒーを奢ってもらった。
 
 ある日の夜、いつもの様に流れ出たFAX用紙を引きちぎる。内容を確認した途端、我が目を疑い、紙を持つ手が震えた。
 『明日、係長へ昇格する。添島ひとみからラブレターを貰う。現金二億を拾う』
 そんな馬鹿な。いくら何でもそんな事が起こるハズがない。
 あまりの内容に、素直に喜ぶ気など到底なれず、ここは一旦、冷静に考えてみる事にする。
 まず係長への昇格。仕事については、今のところこれといった実績が無いわけだし、第一に係長は三年先輩の村岡さんが先月就任したばかりだ。
 添島ひとみはあの騒動以来、何度かさり気なくアプローチしているが、のれんに腕押し。
 ましてや二億拾うだなんて、子供の作文じゃあるまいし、そんなの荒唐無稽すぎる。
 しかし、これまでFAXの予言が外れた事は一度も無い。これをどう解釈すればいいのか?
 もし、FAX通りの事が起こったとしても、きっと何かオチがあるに違いない。
 そこで起こりえる可能性をひとつずつ検証を試みることに。
 まずは昇進の件だが、考えられるのは子会社への出向だ。そこに係長のポストを用意するとか。栄転と言われるかもしれないが、つまりは体の良い左遷だ。なにかミスをしたおぼえはないが、さりとて成績は中の下。可能性は充分あり得るだろう。
 ラブレターの件は、きっと宛名が僕ではなく、別の人に渡すつもりが、間違って届いてしまってガッカリ――というパターンだろう。これもあり得る。
 残るは二億だが、実は全部偽札だったとか、“円”ではなくて“ジンバブエドル”だったとか、実は暴力団の資金で、手を付けたらボコボコにされるとか、もしくはテレビのドッキリとか――おそらくそんな類に違いない。
 少し安堵しながらも、「せめて一つくらい何とかならないかな」と密かに期待しながらベッドに潜り込んだ。

 翌朝。目覚ましのベルで起きると、昨夜のFAXが頭をよぎる。まさかと思いつつも、普段より丁寧に身支度をして家を出た。
 期待と不安が入り交じりながら出社すると、さっそく大石課長からお呼びが掛かる。
「君を本日付で係長に任命する」
 もちろん子会社への出向ではない。よく考えれば、そもそもわが社に子会社なんて存在しなかった。
 予期していたとはいえ、呆気に取られている僕に課長は係長昇格の理由を述べた。
 要約すると、昨日、前任の村岡係長の横領が発覚し、即日解雇になったらしい。そこで急遽、僕に白羽の矢が立ったという訳だ。
 僕は二つ返事で了承し、浮足立ってデスクに戻る。と、パソコンのキーボードの上に一通の白い封筒が置いてあった。
 裏を返すと、下の方にH・Sと小さく書いてある。
 <H・S>。――添島ひとみからなのだろうか。
 周囲に注意を払いながらゆっくり開封してみると、次の文面がピンクの便箋を躍っていた。
 『突然ですが、あなたの事が好きです。よかったら私とお付き合いしてください』
 そのあとには間違いなく僕の名前と、彼女のものと思われるメールアドレスが書いてあった。つまり誰かへの手紙が誤って置かれたのではない。
 不意に視線を感じて振り向くと、待ち構えていたかのように添島ひとみが佇んでいて、自然と目が合った。彼女は頬をほんのり赤らめながら笑顔を浮かべている。僕が軽く頭を下げると、彼女も会釈を返し、魅惑的なウインクを残して去っていった。
 僕はパソコンに向かい、左右を警戒しながらスマホを取り出した。
 『僕でよければよろしくお願いします』震える手でメールを送信すると、数分も経たないうちに『良かった。とっても嬉しいです。何だかドキドキしますね♡』と返事が来た。
 いくらFAX通りとはいえ、あまりの展開に、僕は身震いせずにいられなかった。
「まさか本当に二億円を見つけるんじゃないだろうな」と思っていた会社の帰り道、本当に二億円が落ちているのを発見した。歩道の脇の空き地に置いてあったのだ。しかもアタッシュケースなどに入っているわけでもなく、現金が剥き出し状態で。もちろん、ちゃんと数えたわけでは無いが、テレビなどで見た印象だと、それくらいありそうだった。
 念のために考えていた段取り通りに警察へ通報すると、ドギマギしながら警官たちの到着を待つ。途中でドッキリの札を持った人も現れず、サングラスの怖いお兄さんたちに囲まれることも無かった。
 警察が到着し、発見時の状況を訊かれた後、言われるがまま何枚かの書類にサインをする。
「もし三か月経っても落とし主が現れなかった場合は、全てあなたのものになります」と警官に説明され、心ここにあらずといった歩調で家まで帰り着いた。
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