第3話

文字数 1,914文字

 そんな日が続いたある夜のこと。
 いつもの様に流れ出たFAX用紙を確認すると、その瞬間我が目を疑い、手が震えた。
 『明日、係長へ昇格する。添島ひとみからラブレターを貰う。現金二億を拾う』
 そんな馬鹿な。いくら何でもそんな事が起こるハズがない。
 あまりの内容に、素直に喜ぶ気など到底なれず、ここは一旦、冷静に考えてみた。
 まず係長への昇格。仕事については、今のところこれといった実績が無いわけだし、第一に係長は三年先輩の村岡さんが先月就任したばかりだ。
 添島ひとみはあの騒動以来、何度かさり気なくアプローチしているが、のれんに腕押しだった。
 ましてや二億拾うだなんて、小学生の書いた物語じゃあるまいし、あまりにも荒唐無稽すぎる。
 だが、これまでFAXの予言が外れた事は一度も無いのもまた事実。これをどう解釈すればいいのだろう?
 もし、FAX通りの事が起こったとしても、きっと何かオチがあるに違いないと、僕は考えた。そこで起こりえる可能性をひとつずつ検証を試みる。

 まずは昇進の件だが、考えられるのは子会社への出向だ。そこに係長のポストを用意するとか。栄転と言われるかもしれないが、つまりは体の良い左遷だ。左遷されるほどの大きなミスをした覚えはないが、さりとて営業成績は中の下。可能性は充分あり得るだろう。

 ラブレターの件は、きっと宛名が僕ではなく、別の人に渡すつもりが、間違って届いてしまってガッカリ――というパターンだろう。これもあり得る。

 残るは二億だが、実は全部偽札だとか、“円”ではなくて“ジンバブエドル”だとか、実は暴力団の資金で、手を付けた途端にサングラスのお兄さんたちにボコボコにされるとか、もしくはテレビのドッキリとか――おそらくそんな類に違いない。
 少し安堵しながらも、「せめて一つくらい何とかならないかな」と密かに期待しながら、僕はベッドに潜り込んだ。

 翌朝。目覚ましのベルで起きると、昨夜のFAXが頭をよぎる。まさかと思いつつ、普段より心なし丁寧に身支度をして家を出た。
 期待と不安が入り交じりながら出社すると、さっそく大石課長からお呼びが掛かる。
「君を本日付で係長に任命する」課長は辞令を述べた。
 もちろん子会社への出向ではない。よく考えれば、そもそも我が社に子会社なんて存在しなかった。
 予期していたとはいえ、呆気に取られている僕に課長は昇格の理由を述べた。
 要約すると、昨日、前任の村岡係長の横領が発覚し、即日解雇になったらしい。そこで急遽、僕に白羽の矢が立ったという訳だ。
 僕は二つ返事で了承し、浮足立ってデスクに戻る。
 と、パソコンのキーボードの上に一通の白い封筒が置いてあった。裏を返すと、下の方にH・Sと小さく書いてある。
 <H・S>。添島ひとみからなのだろうか。
 周囲に注意を払いながらゆっくり開封してみると、次の文面がピンクの便箋を躍っていた。
 『突然ですが、あなたの事が好きです。よかったら私とお付き合いしてください』
 そのあとには間違いなく僕の名前と、彼女のものと思われるメールアドレスが書いてあった。つまり誰かへの手紙が誤って置かれたのではない。
 不意に視線を感じて振り向くと、待ち構えていたかのように添島ひとみが佇んでいて、自然と目が合った。彼女は頬をほんのり赤らめながら笑顔を浮かべている。僕が軽く頭を下げると、彼女も会釈を返し、魅惑的なウインクを残して去っていった。
 パソコンに向かい、僕は左右を警戒しながらスマートフォンを取り出した。
 『僕でよければよろしくお願いします』震える手でメールを送信すると、数分も経たないうちに『良かった。とっても嬉しいです。何だかドキドキしますね♡』と返事が来た。
 いくらFAX通りとはいえ、あまりの展開に、僕は身震いせずにいられなかった。
「まさか本当に二億円を見つけるんじゃないだろうな」と思っていた会社の帰り道。本当に二億円が落ちていた。
 アタッシュケースなどに入っているわけでもなく、現金が剥き出し状態で歩道の脇の空き地にポツンと置いてある。ちゃんと数えたわけでは無いが、テレビなどで見た印象だと、それくらいありそうだった。
 唖然としながらも、僕は警察へ通報すると、ドギマギしながら警官の到着を待つ。途中でドッキリの札を持った人も現れず、サングラスの怖いお兄さんたちに囲まれることも無かった。

 五分ほどで警官が到着し、発見時の状況を訊かれた。説明が終わると、僕は言われるがまま、何枚かの書類にサインをする。
「もし三か月経っても落とし主が現れなかった場合は、全てあなたのものになります」と言われ、心ここにあらずといった歩調で家まで帰り着いた。
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