第1話 音楽ジャンキーの中年男、異世界へ転生する

文字数 2,439文字

「やっぱSpotify(スポティファイ)は神のアプリだよな~」

 俺はそんなことをつぶやきながら、会社からの帰り道をてくてくと歩いていた。

「おお、この曲。俺の高校時代にはやったやつじゃん。けっこうレアなアーティストなのに、こんなのがあるなんて、さすがはスポティファイ先生!」

 俺はいま、音楽アプリ「スポティファイ」に夢中だ。

 月額数百円のサブスクなのに、古今東西の名曲が聴き放題だからだ。

 まさに神のアプリ。

 音楽ジャンキーの俺に言わせれば、月にこれっぽちの金額でいいのってくらいだ。

「次は何を聴こうかな~」

 そのとき――

「ああっ、あぶなーい!」

「は?」

 目の前にはトラックが――

「ちょ――」

 こんなふうにして、俺は死んだ。

   *

天出臼快人(あまでうす かいと)よ、目覚めよ!」

「う、う~ん……」

 若い男の声で、俺は目を覚ました。

「な、なんだ、ここは……」

 黒い空間に光る点がたくさん……

 宇宙……?

「おまえは死んだ。よりにもよって、音楽の聴きすぎでな」

 光る点のひとつが、なにやら話しかけてくるぞ。

 俺は死んだだと?

 マジかよ、そんな……

 もう、音楽は聴けないってこと……?

「ふん、この期におよんでまだ音楽が聴きたりないか? とんだ音楽ジャンキーよのう」

「な、なんなんだ、あんたは……?」

「わたしは神だ」

「はあ……」

「おまえは死んだ。だが、おまえにはまだ未練がある、そうだな? 音楽が聴きたくて聴きたくてしかたがない。その執念がおまえの魂を、実に半端なところへとどめているのだ」

「はあ……」

「そこで天出臼快人よ、異世界アマデウスへ転生せよ!」

「は、い……?」

「異世界アマデウスは、音楽に飢えた者どもの住む場所。そこで連中の渇きを癒やし、世界を音楽で満たすのだ。それがかなったとき、おまえは天国に行くことができる」

「はあ、そうなんですね……」

 話を整理しよう。

 俺は死んだ。

 だが、音楽を聴きたいという執念が強すぎて、成仏できない。

 そこで異世界アマデウスとやらへ転生し、世界を音楽で満たすと。

 そうすれば俺は、天国に行けるってわけね。

 なるほど、ここまではオーケーだ。

 しかし……

「あの、神さま。ひとつ質問、よろしいでしょうか?」

「なんだ?」

「世界を音楽で満たすって、いったいどうやって? 俺、音楽は好きだけど、楽器とか全然できないし……」

「それを使え」

「は?」

 気づくと、俺の手にはスマホの端末が。

「神のアプリ、スポティファイ。おまえの言葉だぞ? それを使って、アマデウスの渇いた連中に音楽を教えるのだ。どうだ? 自他ともに認める音楽ジャンキーのおまえになら、朝飯前だろう?」

「なるほど、自慢じゃないけど、それなら自身はあります」

「よろしい。だが、これだけは覚えておけ。道具とはすなわち、使う者次第だ。道具の使い方だけは、決して誤ってはならんぞ? よいか?」

「はい、それだけはゆめゆめ……」

 よくわからんが、けっこう楽しそうだ。

 また好きなだけ音楽が聴けるようだしな。

 ふふ、面白くなってきたぞ。

「では行くがよい、天出臼快人よ。武運を祈っておるぞ」

「うわっ――!」

 光に目がくらんで、俺はまた意識が遠くなった――

「ん……」

 ここは……

 夜……

 いや、深い森の中のようだ。

 それで暗く感じたのか。

「さて、さて……」

 俺の手には確かに、見慣れた端末が握られていた。

 問題なく動くようだ。

 俺はとりあえず、いつものようにスポティファイを起動してみた。

「これも問題ないな」

 電波はどこから来てるんだ?

 まあ、神さまがなんとかしてくれてるんだろう。

「おや……」

 電池のマークがないぞ。

 どういうことだ?

「ひょっとして……」

 なるほど、バッテリー切れにならないようにもなっているのか。

 さすが神さま、抜け目がない。

「準備は万端ってとこだが、まず何をすればいいのかねえ」

 こんな森の中に人なんていそうもないし、どうしたもんか。

 なんか腹もすいてきた。

 食い物まではいくらなんでも用意してくれないだろう。

「ま、いっか。とりま何か、音楽聴こうっと――」

 あれ?

 なんかこの手、小さくなってね?

「あれ、あれ……?」

 なんかおかしい。

 体が変だ……

 木のしずくで水たまりができてるな。

 ちょっとこれを鏡にして――

「え、え……?」

 少年だ――

 高校生くらいか。

 これが俺なのか?

「転生……なるほど、転生か……」

 ラノベやマンガの世界だが、どうやら俺は少年の姿に生まれ変わったようだ。

 けっこうイケメンじゃん。

 少なくとも昔の俺よかは。

「別にここまでする必要はない気もするけど。ま、若返るってのは、悪くはないね」

 さて、美少年になって気分もよくなったし、音楽だ、音楽。

 ガサッ――

「ああ、今度はなんだ……」

 顔を上げて心臓が止まりそうになった。

 大きな岩の上に、これまた大きな女性が。

「これ、おまえは何者だ?」

 てか、ほぼ裸みたいな衣装だし……

 赤いドラゴンをイメージするコスチュームだが、いかにもできる女性って感じだ。

 なんかこれ、状況的にヤバくね?

「答えぬか。おまえは何者で、どこからやって来た? この世界の人間ではないようだが」

「あ、あの……」

「答えよ。答えぬのなら、死ね」

 ドラゴンの衣装が、生き物みたいにこっちへ伸びてくる。

「ちょ、ちょっと、ま――」

 俺はスマホの端末を地面に落とし、あわててそれにさわってしまった。

「うん?」

 音楽が流れ出す。

 最後に聴いてた、LiSAの「紅蓮華」だ。

「ほう……」

 ボリュームすげえ高いし、これはまずい。

 と、止めなきゃ……

「待て」

「え?」

「おまえの持っているそれ、面白いな。聴いたこともない音だが、なにやら体が煮えたぎるぞ。とてもいい気持ちだ。かつての大戦のおり、思うぞんぶん発揮したわが力。その記憶を思い起こしたぞ」

「は、はあ……」

「わが名は竜帝ドラグレシア。少年よ、近うよれ。そしてもっと聴かせるのだ。その音をな」

「……」

 ドラグレシア?

 その女性は俺のほうへ、大きな手を伸ばしてきた――
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