第3話 最期の微笑

文字数 2,606文字

 ホーリー先生はみんなに食事をさせてくると部屋から出て行った。わたしが休めるように一人にしてくれたのだと思う。

 サンパウロ領は聞いたことがあった。
 わたしが住んでいたメロネーゼから2つ先の領地だったと思う。川で結構流されたみたい。よく生きていたな、わたし。

 ゴソゴソと夜着のワンピースの中を覗き込む。この孤児院の女の子用のものを、着せてくれたんだろう。
 流される途中でぶつけたらしく、あざだらけだ。でも右足首と左手首以外は、我慢ならない痛みではなかった。

 孤児院か。院長先生は若いけど優しそうだし、ここにおいてもらえないだろうか。
 町に働きに出る気だったけど、やはりこの歳で働くのは難しい。働きに出るとしても拠点がないとダメだった。そこら辺考えなくちゃいけなかったのに、あまりの待遇にあったま来て、すっ飛ばしていた。
 ひとつ、あてがないこともないんだけど、賭博チックなところもあるので、できれば地道な生き方をしたい。

 ちびっちゃいけど、料理、掃除、庭のこと、畑作り、仕込んでもらったから、かなり自信がある。前世の記憶のおかげで、普通の6歳児よりできているところがあると思う。わたしはこの孤児院に置いてもらえないか交渉しようと思った。

 けれど。
 痛みから怠いのだと思っていたんだけど、熱が出た。熱が完全に下がって、起き上がれるようになると、この孤児院に余裕がないのがわかった。子供が30名と住み込みの院長先生で暮らしている。それから週に2回、近くの村の娘さんが手伝いに来てくれているようだ。孤児院などは国から補助金が出ると思うが、その補助金と院長先生の貯金を崩して経営していることがわかった。

 それもサンパウロ領とモノ領の間あたりにも孤児院があったのだけど、それが潰れてその子供たちがこちらに流れてきて、それでこの有様ということもわかった。そのサンパウロとモノの間にあったディバン孤児院には聞き覚えがあった。お母様が援助していた孤児院だ。亡くなった時にお父様が打ち切ったんだろう。

 院長先生は下級貴族の娘さんだそうだ。ゼムリップ孤児院はご両親が目をかけていたところで、先生もその縁でこちらをよく手伝っていた。ところがご両親が事故で亡くなり、親戚たちと何かあったらしい。
 ディバンの孤児院がなくなりすぐのことだったので、この孤児院までなくなってしまったら、子供たちはどうすればいいのだと、院長をかって出たそうだ。すごいね、成人したてでそんな思い切った決断をできるなんて。
 貴族の娘さんだったら、婚姻を結んだ方がよっぽど楽に暮らせただろうに。
 と、いうわけで、こちらでお世話になるのは諦めた。
 貴族の下働きにでも潜り込めたらいいんだけど、この年齢でむずかしい気がするな。だって、まだ6歳なんだもの。
 賭けてみるか……。
 6歳というのが功を成す、アレを。


 わたしが今生きている世界は、前世のわたしが知っていた〝乙女ゲー〟の世界に似通っている。いや、その世界に転生したんじゃないかと思っている。
 乙女ゲーとは、女性が主人公になり、ゲーム内で恋愛を楽しむシュミレーションゲームのことを指す。
『虹の彼方に続く空』というタイトルだった。
 孤児院育ちの、明るく前向きで優しい女の子が、聖女の力に目覚め、魅力を振りまきながら王立の学園に入る。学園には見目麗しく、能力の高い攻略対象者なる男の子たちがいて、会話をし、一緒に出来事を対処したりして、親密度をあげていき、恋も成就させ、世界の危機も救ってしまうシンデレラストーリーだ。

 前世のわたしは、日本という国に住む、女性だった。
 劇団に所属し、舞台女優をしていた。看板を背負って立つ、ではなく、舞台の裏方専門はできないから、役者の肩書きしかなく、ゆえに劇団に所属していれば、誰もその肩書きとなる舞台女優の方だ。
 劇団では自分たちの舞台のチケットを捌く必要があり、劇団員にはノルマがある。友達が少ないわたしにはとても大変なことで、自分でチケットを買い、お願いして観にきてもらうことをしていたので、いつも金欠だった。
 同じ劇団員で、同じく金欠病の誠と暮らしていた。
 どんなふうに人生の幕を下ろしたんだっけ?と思い出そうとしたけれど、そこらへんはあやふやだ。記憶も30代前半ぐらいまでだ。
 残酷なことは思い出せないものなのかしら?

 思い出せるのはどうでもいいことばかりだ。
 そうたとえば、劇団員の若い子の間で流行っていた、乙女ゲーのこととか。
 それが『虹の彼方に続く空』だ。
 略して『虹空』は、ケータイアプリゲームで一世を風靡した。ストーリーとしては、ひねりのない王道なものだそうだが、攻略対象者がカッコよく、設定がよく練りこまれていて、セリフもかっこいいし、そのバックボーンを知った時にそのセリフの意味を知ると2度おいしいところがウケて、各対象者ごとのアナザーストーリーが本になった。
 で、ウチの劇団でも、それを上演しようとハマっている子たちが盛り上がり、練習に励んだ。
 わたしがもらった役はメアリドール・メロネーゼ、17歳の伯爵令嬢。
 今のわたしと同じ髪色である、ピンクブロンドのウィッグをつけた。
 メアリドール・メロネーゼ。出てくるのは一度にして、死んでしまう役どころ。
 ヒロインである聖女と同じ髪色のことから、反聖女組織から間違えて刺されてしまうのだ。
 出てくるのは一度。そして出てきた途端に亡くなってしまう。
 それでも名前があるのは、この出来事により、ヒロインが、困難に立ち向かう覚悟を持つようになるからだ。そう、ヒロインの心の成長のために、彼女と間違われ命を落とすと言っても過言ではない。
 台本にも数行書かれているだけ。
 刺されて倒れ、駆け寄ったヒロインに手をとられるんだけど、にこっと笑う。
 わたしは、どうして笑った?というところが、情報が少なすぎてわからず、アナザーの物語を読み漁った。それでもわからなくて、アプリをインストールした。
 隠し攻略者以外はなんとかクリアした。グッとくるセリフやシチュエーションに翻弄された。課金だけはしないと決めていなかったら、ちょっと危なかった、ぐらいには嵌った。……でもそれでも、わたしは最期にメアリドール・メロネーゼが笑った意味がわからなかった。
 ……だからといって、彼女に転生するなんて、あんまりだと思うんだけど。
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