第4話 形見の指輪

文字数 2,400文字

 でもある意味、やり込んだからこそ、わたしには道が開けるかもしれないことだ。だって、わたしはこれから何が起こるかを知っているんだもの。少しだけ希望が灯る。

 乙女ゲーを思い出した時に、わたしは思い返せることをとにかく書き留めた。記憶はいつか風化していくと思ったからだ。
 って、それらを書き留めたメモがない。というか、カバンごとない。さらに言えば、お母様の形見の指輪も……。

 ダメもとで、わたしが流され行き着いたところを教えてもらおう。もしかしたらカバンもまだ引っかかっているかもしれない。メモは水に濡れて読めなくなっているだろうけど。



 その今6歳のわたしが使える!と思ったエピソード。

 ヒロインは孤児で、辛い年少期を過ごすんだけど、明るく前むき、そして優しさを失わない。そんな彼女の第一の転機は、伯爵様の養女になったことだ。
 やがてヒロインパパとなる伯爵は、実は裏で国を牛耳ることもできるだろうと噂さえされている、依頼人を選ぶ、秘密の情報ギルドのオーナーだ。
 あるオークションで、友達を助けるために乗り込んできたヒロインと遭遇する。その心意気に胸を打たれ、気に入り、表の伯爵の立場で彼女を引き取るのだ。

 で、このやがてなるヒロインパパっていうのが、非常に厄介な人で……。
 そう、『虹空』は男性の設定はものすごく凝っていて、女性の設定はおなざりなことが多い。わたし、メアリドールにもうちょっとでいいから、愛情を持って欲しかった!

 まあ、そこは置いておいて、ヒロインパパはヒロインを引き取る前に娘を亡くしている。ヒロインより少し年上の娘。
 奥様は娘のソフィアちゃんが1歳の時に亡くなっていて、忘形見である娘ちゃんをそりゃぁ可愛がっている。でも奥様の病弱なところを引き継いでしまい、結局、娘ちゃんも8歳で亡くなる。
 最愛の奥様に続き、娘を亡くしたヒロインパパは自暴自棄になり、荒れる。領地もギルドも荒れて、いいことない。

 荒れまくったのにも理由があって、その背景には、娘ちゃんの願いを叶えてやれなかったってことが、心に残っている。
 娘ちゃんは友達と遊ぶことを夢見ていた。ほとんどベッドの上で過ごしているから、同年代の子と遊んでみたかった。友達といえば同じ貴族子女が望ましいけれど、まだ7歳未満の子たちが体の弱い子と上手に遊べるはずもなく……。
 だけどある日、下働きの女性がお屋敷に子供を連れてきた。いつも預けているお母さんが風邪をひいたとかで。ひょんなことから、その年下の女の子とソフィアちゃんが出会い、友達になる。
 ヒロインパパとなるハッシュ伯爵は、娘に甘々だからそれを喜び、下働きの女性にも子供にもちょっといい待遇をしてしまう。
 それが気に入らない、他の働いている人たちやその子供たちから目の敵にされ、結果的には事故なんだけれど、下働きの女性の子供は亡くなってしまうのだ。

 ソフィアちゃんはめーいっぱい傷ついて、自分は友達を作れないと寝込み、そのまま時が過ぎ、8歳の時に亡くなってしまう。

 ハッシュ伯爵は自分の行動の浅はかさを後悔する。人嫌いになる。その絶賛、人嫌いの最中(さなか)にヒロインちゃんとニアミスをする。人嫌いになってなかったら、その時にヒロインちゃんを養女にしたかもしれないのだ。

 わたしはそのソフィアちゃんの友達になれないかと思っている。ヒロインちゃんとメアリドールは同い年だからソフィアちゃんが1つ上。7歳の時の出来事だったはず。そしてわたしはその事故の内容を知っている。
 事故に遭わなければ、ソフィアちゃんは哀しい思いをせずに済むし、伯爵も人嫌いにならないかも。そしてわたしは友達になれば、お屋敷に住み込むことができる。

 きっかけがあれば、友達になれると思う。だって、どんなことがあり下働きの子供を気に入ったか知っているし、わたしは女優だった。演じることができる!
 ただ……ハッシュ領って、遠いのかな? そこが心配どころだ。

 そうと決まれば、ハッシュ領の情報を得るのと、そこに行くまでの旅費をどうにかしたり、旅に必要なものを揃えなければ。
 孤児院でお世話になるのも難しいなら、孤児院でそれらのものを揃えるのもまた難しそうだ。
 カバンだけでもあればなー。
 わたしはわたしを見つけてくれたというレイを捕まえて聞いてみた。

「あの、わたしが倒れていた川原を教えてもらえない?」

 レイは無愛想だからみんな話しかけづらいみたいで、それでも話しかけたわたしは尊敬に似た眼差しを子供たちからもらった。

「なんで行きたいんだ?」

「カバンがないかと思って」

「カバン?」

「カーテンの生地で作ったやつなんだけど」

「大事なものでも入ってたのか?」

「きっと水に濡れて、中のものは使えないと思うんだけど……」

 あのカバンはマーサに教えてもらいながら縫ったやつなんだ。

「……いいぞ。結構距離あるぞ、歩けんのか?」

 わたしは頷く。

「あ、メイ」

 院長先生に名前を呼ばれた。

「はい」

「これを返そうと思っていたの。着替えさせた時に、あなたの首にかかっていたものよ」

 紫の宝石が入った指輪だ。それが鎖にかけてある。
 わたしは先生の手ごと受け取って、いるのか知らないけど神様に感謝した。

「ありがとうございます」

 院長先生は優しく笑う。

「とても大事なものだったのね?」

「母の形見なんです」

「まぁ……」

 院長先生は、顔を歪めた。

「それじゃ、なくしたと思って気落ちしたでしょうね。長いこと預かっていてごめんなさいね」

「いいえ、また手にすることができて嬉しいです。ありがとうございます」

 熱が上がったり下がったりしていたから、預かっていてくれたのだろう。

「それ探しに行きたかったのかよ?」

「いいえ、違うわ」

 そう告げると、レイは川原まで連れて行ってくれると言った。
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