第2話 行き着いた先

文字数 2,386文字

 目を開けると、古い木造りの知らない天井だった。
 天井のどこにも穴は開いていなくて、家ネズミが走っていく音は聞こえない。
 いつもの屋根裏部屋と違い、顔までしっかり上掛けでくるまらないと、寝ている間に齧られるなんてこともなさそうだ。

 身体のあちこちに痛みが走る。
 追いかけられて足を滑らせ、川に落ちたことを思い出した。
 高いところからドボンと落ちた瞬間、終わったと思ったけど、驚くべきことに生きている。
 ほっとしながらも、まさか17歳で死ぬ役どころだからと、助かったんじゃないわよね?と余計な考えが浮かんだ。

 えーと。温かい手が、わたしの右手を包みこんでいた。
 明るい茶髪。華奢な女性だろう。ベッドの横の椅子に座り、手を握ったまま伏せって寝息を立てている。まだ若そうだ。

 夢の中で聞いた「大丈夫よ、何も心配いらないわ」と言ってくれたのはきっとこの女性だ。おでこに冷たい手拭いをあててくれたのも。
 身体のあちこちに包帯が巻かれていた。
 繋がれている手を動かさないように気をつけながら、そっと上半身を起こす。
 痛っ。右足と左手首に強い痛みが走る。息を整えて、部屋の中を見渡した。

 この女性の部屋かしら?
 しっかりした造りだけど、古びた感じ。
 この女性のベッドを奪っていたのね。部屋はわりと広くて、ベッドと机と椅子。それからクローゼットと本棚、それから小さなチェスト。

 小さなノックがあり、控えめにドアが開いた。
 同じぐらいの歳の男の子だ。黒い髪に赤い目の少年は、わたしと目が合うと、慌ててドアをしめた。
 それからまたのそっとドアが開いて、今度顔を覗かせたのは、金髪に青い目の少年だった。さっきの子もそうだけど、小さいながらもイケメンだ。
 その子は、口の前で人差し指を立てた。そうっと入ってきて、ベッドの左側にまわってきてにこっと笑う。

「起きたんだね、よかった。僕はジーク。君は2日も眠っていたんだ、お腹が空いたんじゃない?」

 小さな声でそう言われた途端、空腹だったことを思い出した。
 っていうか、2日も眠っていたのか。そしてその間、看病してもらっていた……。

「君、川に半分浸って、気を失っていたんだ。何か覚えてる?」

 わたしは頷く。

「乗っていた馬車が盗賊に遭ったの。それで逃げる途中で、わたしは足を踏み外して……」

 わたしも女性を起こさないように、小さい声で答えた。
 高いところから落ちたけど、下が川だったから助かったのだろう。

「……食事を持ってくるよ」

 話しながらわたしのお腹が鳴ったので、ジークは食べ物を持ってきてくれると言った。
 しばらくすると、お盆にお皿をのせたジークが部屋の中に入ってきた。一緒に入ってきたのは、最初に部屋を覗き込んだ、黒い髪に赤い目の少年だ。
 入ってはこなかったけどドアのところに、やはり同じかちょっと下ぐらいの子供たちが鈴なりになっていた。

 尋ねたいことはあるんだけど、空腹なところにスープを差し出されたものだから、一心不乱に食べてしまう。薄い塩味に野菜の切れ端が入ったもの。野菜が入っているだけ、ウチでわたしがいただいていたスープより上等だ。ドアから覗くひとりと目が合う。わたしが飲み込むタイミングで喉をゴクッと鳴らしている。
 あ、これはひょっとして。わたし、この子たちのご飯を横取りしてしまったのでは?
 わたしの視線で気づいたのか、ジークがドアを閉めに行った。

「あの、ごめんなさい。わたしがスープをいただいてしまったから……」

「気にしないで。君は怪我しているんだ。早く元気にならないと」

 ジークがそう言った時、わたしの手を握っていてくれた女性が目を覚ました。
 明るいブラウンの瞳。わたしを大きな瞳に映して嬉しそうに笑う。成人したてぐらいかな? 17歳前後だろう。

「起きたのね。よかったわ。痛いところはない?」

「先生、お腹が空いていたみたいだからスープをあげたよ」

「まぁ、ジーク、ありがとう」

 先生と呼ばれた女性は、わたしの持つ空の器に気付いて、にっこりとする。

「食べられたなら、もう大丈夫だわ」

「あの、助けていただき、手当てもしていただいて、ありがとうございました」

「あら、まだ小さいのにとてもしっかりしているのね。あなたを川原で見つけたのはレイなのよ」

 と、女性は振り返る。
 黒髪、赤い目の少年はレイというみたいだ。

「ありがとうございました」

 わたしがお礼を言うと、レイはふんっとばかりに顔を背けた。

「レイ!」

 先生がレイの態度を嗜めると、レイは部屋を出て行った。

「ごめんなさいね、あんな態度で。とても優しい子なのだけど、素直に態度で表すのが苦手なの」

「いいえ、そんな。本当に助かりました」

 先生と呼ばれる女性はにっこりと笑った。

「私はホーリー・サウテージ。このゼムリップ孤児院の院長よ」

 やっぱり孤児院だったか。似ているわけではない子供たちが幾人もいたので、そういう施設なのかな?と思った。

「わたしは……」

 本名を言いそうになって、わたしは咳払いで誤魔化した。

「わたしはメイと言います。乗っていた馬車が盗賊に襲われて、逃げる途中に崖から足を踏み外して……」

「まぁ、そうだったの。恐ろしい思いをしたわね。……ここはサンパウロ領と、バンリック領の境目にある孤児院なのよ。……メイは馬車にはどなたと乗っていたのかしら?」

「馬車にはひとりで乗っていました」

「ひとりで?」

「メイはいくつ?」

「6歳です」

「……どうしてひとりで馬車に? どこに行くつもりだったの?」

「母が亡くなり、住み込みで働いていたお屋敷から出なくちゃいけなくて。とりあえず町まで出て、働き口を探すつもりでした」

 ホーリー先生は痛ましそうな顔をした。

「……メイのこれからのことは、ゆっくり決めていきましょう。まずは怪我をしっかり治さないとね」

 ホーリー先生は優しい笑顔を向けてくれた。
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