戦士は王女の前で戦う 2

文字数 2,894文字

 庭に出たメルティアとソーヤが戦うサフとイガルドの居た場所にやって来た時には、既に二人の間では何らかの決着があったらしく、荒れた芝生の上で転がっている金髪の美少女と、その前で肩で息する黒髪の青年が居るだけだった。彼らから離れた屋敷の壁の傍では白い獣が体を横たえている。
 近くで見ると、イガルドが持っているのはただの木の棒で、サフが持っているのは華美に装飾が施された儀式用と思わしき杖であると解る。魔術士用の杖である事は間違いないのだが、その装飾からして戦闘に使うようなものには見えなかった。そもそも魔術士の杖は魔術使用時の補助となるように色々と加工されている為に、実際に振り回したりするのには向かない。どんな杖も存外脆いものだ。それを、木の棒相手とはいえ振り回していたというのがメルティアには一瞬信じられない事ではあった。
 やってきた二人を、サフとイガルドは特に驚く事もなく出迎えた。
「あ、メルティアさんにソーヤさんだぁ。おはよう」
 そろそろ昼になろうという時間だったけれど、サフが朝の挨拶をしてくる。その言葉に、そういえば朝は色々あった為に、朝ご飯をまだ食べていなかった事をメルティアは思い出した。この時間では昼ご飯になってしまうだろう。
 ゆっくり起き上がったサフの体についた汚れを、イガルドが軽く払ってやっている。
 サフを見る柔らかな視線は、二人の間にある親密さを感じさせた。サフとクリアは似ている兄妹という風だが、サフとイガルドは似ていないけれど兄妹という風だ。どちらも、男と女という性別を思わせない辺りが良く似ている。
「クリアは?」
 昨日の話が念頭にあってだろう、真っ先に問われたクリアの所在に、ソーヤが答える。
「アミルさんと写本を作ってくれています」
「メルティアさんの事、何か解った?」
 サフの青の目がメルティアに向けられた。その視線に彼女は頷いて、答えを返す。
「はい。私は精霊に好かれているので、術が上手く使えなかったらしいです。今、クリアさんとアミルさんが、私に合わせて写本を作ってくれています」
 その言葉に、サフが青の目を瞬かせてイガルドを見上げた。イガルドの方も黒の目をサフに向けている。二人して不思議そうな顔をしてから、サフが言う。
「精霊に好かれてると術って上手く使えないの?」
「そうらしいです」
「へぇ、そうなんだ。初めて知った。僕、魔術士じゃなくて良かった」
 あっさりとそう言うサフの手には、明らかに魔術士用の杖が握られている。
 周囲の荒れた地面の原因も、この金髪の美少女である事を既に知っているメルティア達からすれば不思議なくらいにサフは何の隠し事も無いような顔をしてそう言うものだから、メルティアはまじまじと杖とサフを見比べてしまった。
 そのまま見ていても仕方ないので、おずおずと彼女は問いかけてみる。
「あの」
「うん、何?」
「先ほど、お二方がされていることが見えたんですけれど、サフさん、具象化術を使われていませんでしたか?」
 荒れた地面が無ければさっき見た光景が夢だったかのようにサフとイガルドは平然としたもので、問いかけるメルティアの方が気後れしてしまう程だ。
 彼女の問いかけにサフが、ことん、と可愛らしく首を傾げた。
「ぐしょうかじゅつ?」
「……先ほど、その杖から出していたものです」
 メルティアがサフの持っている杖の先を指差し言うと、サフは視線を追って持っている杖の先を見て、しばらくじっと華美な装飾が施されているその場所を眺めていたが、「あ」と気づいたように呟いた。杖の先にある葡萄をモチーフとしたのだろう細やかな細工が、その動きに揺れてしゃらんと音をたてた。
 細やかに彫り込まれている蔓や葉の装飾といい、何カ所かにつけられている葡萄の房を模したのだろう丸い石が連なっている飾りといい、とてもさっきまで木の棒相手に振り回されていたとは思えない綺麗な杖だ。
「そういえばアミルがそう言ってた気がする!」
「アミルさん?」
 突然出た名前に、今度はメルティアの方が首を傾げた。
「あのね、アレはね、この杖の力で、僕が魔術士っていうわけじゃないんだよ。この杖はアミルから借りてるもので、持ってると具象化術が使えるの。僕だけじゃない、イガルドだって持てば使えるんだよ、ね?」
「俺はサフみたいに使いこなせる訳じゃないけどな」
 はい、と杖を渡されたイガルドがそれを掲げると、さっきサフが出していたものより小さな具象化術が発生した。確かにサフが言う通りらしいのだが、メルティアはこんな魔術道具を見た事が無くて酷く驚いた。
 もしかするとソーヤなら何か解っているのかもしれないと彼を見たが、ソーヤも酷く驚いた顔をしていたから、やはりそれは珍しい魔術道具であるらしい。
「それ、少し持たせてもらってもいいでしょうか?」
 興奮を押し殺した声でソーヤが尋ねるのに、サフが困った顔をした。
「ごめん、これ、アミルからの借り物ってさっき言ったでしょ? アミルから、魔術士には渡すなって言われてるんだ。クリアだってアミルから許されないと触らせてもらえないものだから、僕の判断でソーヤさん達に触らせる事は出来ないんだよ」
「魔術士限定、ですか」
「特に魔術士には、だよ。出来れば僕以外は触っちゃいけないんだって」
 言いながらサフがイガルドから杖を受け取った。サフの手に戻った瞬間、具象化術が消える。
 そんな明らかに兵器として使えそうな魔術道具を彼女は初めて見た。
 今までメルティアが見た事がある魔術道具といえば、基本一回使えば壊れるような結界道具だったり、術の補助をする道具だったり、どちらかといえば地味で応用性に欠けるようなものばかりで、魔術士でない者が自由に具象化術を使えるような、そんな便利な魔術道具は無かった。
 あればとっくに兵器利用されていて有名な筈だ。
「その杖は、アミルさんが作ったものですか?」
 魔術道具を作れるのは、そういう分野を勉強し、尚且つ才能がある魔術士だけだ。まさかとは思うのだが、あの若さで写本が作れる程の魔術士らしい彼を思い出すと、ソーヤの問いかけがそれほど突飛なものにも思えなかった。
「え、多分違う筈だよ。これは貰い物だって聞いた記憶があるもん」
「貰い物」
 あっさりサフが言う。その内容のあまりの現実味の無さに彼女は思わず言葉を繰り返してしまった。一体誰から貰ったのか、その出所が酷く気になったが。
「誰から貰ったのかは知らないけど」
 残念ながら出所はサフも知らないらしかった。
 アミルがサフに甘いらしいことは、他の者の発言や、実際のアミルの言動からもはっきりしている事だ。そのサフが教えられていないということは、単なる客でしかないメルティア達が訊いた所で応えてもらえない可能性が高いだろう事を示している。
 そしてクリアですら触らせてもらえないという事は、メルティア達では尚更触る事を許されない可能性が濃厚という事だ。
 ソーヤが酷く残念そうな顔をして杖を見ている。研究者としては相当気になる魔術道具だろう。
 メルティアも気になるのだが、それ以上は何も聞き出せそうになかった。
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