王女は噂について考える 3

文字数 2,651文字

 何処まで歩いたのか、メルティア自身よく解っていなかった。
 何時の間にか廊下は途切れ、彼女は一つの部屋の前にまで来ていた。それが、屋敷の主であるアミルの部屋の前であるという事に遅ればせながら彼女は気づく。どうやら無意識に、歩いた事がある場所を辿ってしまったらしかった。
 部屋の前で止まった彼女の耳に部屋の中から声が届く。
 静かな廊下だったから、しっかりと声が聞き取れた。
「アミル、そこの訳はもっと砕かないと王女さん解らないかも」
「マジでか。これ以上ってもう児童書じゃないっすか」
「一階層しかいってないってのが本当なら児童書くらいで丁度いい筈だよ。いいじゃない別に、元はルルラロウネなんだし」
「ま、似たようなもんか」
 写本を作っているらしい二人の声が聞こえる。
 噂の人と同じであるならば、もしかするとクリアは色付きの魔術士かもしれない。そう考えると話の内容が途端に気になってくる。
「それにしても、気になってる事があるんですけど」
「なぁに?」
「俺の気のせいかもしれないっすけど、クリア、やけにあの王女さんに肩入れしてないっすか?」
 どきり、としたのはそれが自分の話題だったからだ。
 身動きがとれずに息をのんで扉の向こうを伺うメルティアに、声は途切れる事無く届く。
「あー、まぁ、そうだね。正直ちょっと気にしている部分はあるよ。なんて言うか、他人事のように思えない部分があるっていうか」
 え、と彼女は思う。
 もしかしてこの会話は核心に近いものではないだろうか?
「被る?」
「被るねー。ヴィンスの十五番目の王位継承者。ぶっちゃけ肩身は狭そうだよね。しかもこんな森まで一人で来れるって、お城での立ち位置が想像つくっていうか」
 はははと笑い声がする。恐らくはクリアが考えている通りの状態であるメルティアは少々複雑な気分だ。
「でも、正直、ここまでやっちゃって、どうするんすか? このまま帰す気ですか?」
 アミルの言葉にぎくり、と彼女は体を震わせる。持っている杖をぎゅっと握った。
 やはり会話が核心に近い所にあるらしい。
 それにしても話の内容が、敢えて具体的な単語を避けて行われているように思うのはメルティアの考え過ぎだろうか?
「それね。正直僕、そこまで考えてなくてさ! 写本渡してはいさようなら、っていうのは難しいのかねぇ?」
「どうでしょうね。恐らく、もう俺とクリアの魔力場はソーヤって奴が測ってしまってると思いますけど。まぁ、このまま報告されて後で宮廷魔術士が何人来ようが此処には辿り着かないのは解ってんですけど、それでも俺たちの事が知られる事自体が面倒臭そうっていう気もするし」
 アミルの言葉は、調査に来ていたソーヤが全くこの場所に気づけなかったという事実を裏付けていて、この森に何らかの仕掛けがある事をはっきりと示していた。
「ヴィンスかぁ。僕は良く知らないけど、やっぱ来るかね」
「知ったら来るんじゃないっすか? どの国も強い魔術士を欲しがる所は同じでしょ」
「だよねぇ。僕もう宮仕えする気全然なんだけど。どうしようかなぁ。写本だけで勘弁してくれないかなぁ。それが一番なんだけど」
「あちらさんの出方次第、ってとこっすか」
「その予定、にしとく? 多分さ、写本を渡す時点で問題なんだよ。魔力場の報告があってもなくても、コレ読んだら多分黙って見過ごされる事は無いと思うんだよね。僕だったらルルラロウネがこんな事になってたら絶対作った相手気になるもん。だから、どっちにせよ変わらないんじゃないかと思うんだ」
「……そこまで解ってて、何でそれでもこんな写本あげようってなるんすか」
「そりゃ、あの王女様に選択肢を増やしてあげたいから、だね」
 選択肢? とメルティアは首を傾げる。
 それは扉の向こうも同じだったのか、「選択肢?」とアミルが問うのが聞こえた。
「そう、王女っていうのはどうしようもないことかもしれない。だけどもしも魔術士として十分な力があったら、この先あの子の前に出て来るかもしれない不都合を、もしかしたら取り除く力になるかもしれない。何も無いよりも、あった方が、そういう時に選べる未来が増える分、意味があるんじゃないかな。折角魔術士としての才があるのであれば、それを生かせるように、力になってあげたいんだよ」
「王族に魔術士の才能って、役に立つんすか?」
「無いよりはね。交渉の材料にはなるから、本人の使い方次第ではあるけど。どんな才能だって使い方次第だ。そこまでは僕だって世話できないよね」
 確かにクリアの言う通りだった。
 魔術士としての能力は、王族の中にあっては、それ自体の価値というよりも、交渉の材料としての有力な一つだった。あくまで材料であり、それそのものが力になるという訳ではない。それは王族である限り一魔術士としては生きていけない、というのと同じだ。
「ふぅん。じゃあ、魔術士になるほうが王族としての手札が増える、と」
「うん。まぁ、嫁ぎ先を選ぶ選択肢くらいは多少自由になるかもしれない程度のね」
 王女であり王位継承権の順位も高くないメルティアは、恐らく外交か内政の手段として、何処かに嫁がされる事になるのだろう。それは彼女自身幼い頃から理解していたし、覚悟は決まっている。選ぶ自由などないだろう、という覚悟が。
 だから、そこに自由が出来るかもしれないというのは彼女とって酷く新鮮な可能性だった。
「了解。こうなったら乗りかかった船っすから、とことんやりましょ。俺もやれる事はやります」
「アミル?」
「そういう事なら、ルルラロウネで一人勉強するのもいいかもしれないけど、精霊親和としての壁をさくっと取っ払ってしまえば、もっと理解が早いでしょ。此処に居る間に、やっちゃいましょう」
「出来るの!?」
「精霊親和は、新しい視点を植え付けてしまえばいい。一度見えるようになれば、後は嫌でもそういう風に見えるようになります。要は、最初の見方さえ知ってしまえばいいんだから、ちょっとしたコツを掴む程度の話です。明日にでも、俺が教えます」
「そういうもんなの? 僕はなんか苦労したような記憶があるんだけど」
「ちょっと程度じゃ使えないけど、あの王女様ぐらいの精霊親和だったら使えそうなコツがあるんすよ。騙し絵の見方みたいなコツが。解ってしまえば、きっとあっという間に一人前の魔術士になってしまうような、ね」
「マジでか! 僕も知りたいな、一緒に教わろうっと」
 そっと、メルティアはその場を離れた。
 話を聞くうちに、彼女の中で迷いは消えていた。
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