王女は魔術士と話す 2

文字数 2,540文字

 そのまま写本作りにはいるというアミルの部屋から退出した三人は、クリア達の方へ行くというサフと別れて、メルティアとソーヤの二人だけになった。途端に気まずい空気が流れるのは、彼女が王女という身分を隠していた為か。
 屋敷の中、とりあえず入り口の方へ戻る二人の間には重い空気が流れていた。
「あの、ソーヤさん」
「呼び捨てで良いですよ、メルティア様」
 ぎこちないメルティアの呼びかけに、堅苦しい言葉でソーヤが答える。
 お互いの立場を考えれば仕方ないことだったけれど、王族としてそれほど重要でもなく、まして魔術士としては半人前以下な彼女にとっては非常に居心地が悪い事この上ない。
「いえ、それであればソーヤさんも私の事は呼び捨ててください。此処は城ではないんですから」
「そういう訳にはいきません。俺は宮廷魔術士なんですから」
 頑に拒否されるとそれ以上何も言えなくなってしまう。
 俯いた彼女に、ソーヤが話しかけて来る。
「しかし王女様自らこのような所にいらっしゃるとは。あの魔術書はそんなに重要なものだったんですか?」
「いえ。私も読んだ事はありませんし価値は解らないのですが、私の過失であのようなことになってしまったのでどうにかしなければ、と思って」
 しかしあのアミルの反応から考えて、どうやらあの魔術書はそれほど価値があるというわけでもなさそうだったと彼女は思う。何か含む所はあったようだが、焼けた魔術書を持ったアミルは然程驚いてもいなかったような気がする。
「そうですか。おかしいとは思ったんですよ。城にある重要な魔術書であれば基本的にどれも防火処置が施されているから、万が一にも燃えるような事は無い筈なので」
「あ」
 言われ、初めてメルティアはその事に気がついた。
 確かにソーヤの言う通り、重要な魔術書ならば防火処置くらい施されているだろう。
 その仮定でいくと、彼女の持ってきたルルラロウネ魔術指南書はそれ程重要でない魔術書だったという事になる。
「そう、ですよね。確かにそうですね。私ったら、全然気づかなくって」
 安堵すべきか呆れるべきか、あるいはその両方なのか。自分の頬に手を当ててメルティアは細い声で呟く。
「しかし俺としては、メルティア様に会えたのは良かったと思いますよ」
「え?」
 顔を上げた彼女に、ソーヤは顔を背けながら続けた。
「俺が何日もかけてたのに全然見つからなかったこの場所が、見つかったんです。偶然と考えるには出来すぎてる。多分、俺一人じゃ、あのサフって人とすら会えないようになっているんだと思うんですよ」
「会えないようになってる……」
「はい。純粋に魔術書に用があったメルティア様がいたから、会えた。どういう仕組みになっているかは解りませんが、彼らの発言からみてそういう風にこの屋敷が出来ているのは確かです」
 ぐるっと周囲を眺めたソーヤがメルティアを見る。
「なので、失礼だとは思いますが、メルティア様が魔術書を焼いてしまって此処まで来てしまった事は、個人的には非常に助かりました」
「そうですか」
 黒に近い茶色の目が少し柔らかくなったのを見て、彼女は嬉しくなる。
 一人の人間として誰かの役に立てたのは純粋に嬉しかった。王族としては目立たず、魔術士としては何年習っても見習い程度でしかない、他に得意な事がある訳でもないメルティアは、日常生活の中で誰かに感謝された事が殆どなかった。だから、ソーヤにお礼を言われた事は彼女の中ではとても大きな出来事だったのだ。
 自然、笑顔になった彼女を見てソーヤが再び視線を反らした。その頬は少し赤いが、メルティアは気づかない。
「お役に立てて良かったです」
「は、はい。後は、魔力場の異常の原因が解れば良いんですけど」
「そうですね。私も、何か手伝える事があればお手伝い致します」
 折角、精霊の森にまで来て、こうして役に立てているのだから、もっと手伝える事があれば手伝おうと彼女は心に決めた。それが恐らくこの屋敷の主が望んでいないことだろうというのは薄々解っていたけれども、メルティアはどちらかといえば宮廷魔術士寄りの思考だったので、こればかりは仕方なかった。そうでなくとも彼女は王族、ヴィンス側の人間なのだから。
「とりあえず、期限は魔術書の写本が出来るまで、ですね」
 メルティアの言葉にソーヤは頷く。
「2日位、と言ってましたね。この屋敷はアミルの決定を優先しているようですから、出来るだけ彼に怪しまれない形で、機嫌を損ねるような事をしないように調査を進められれば一番なんですが」
「先ずは……?」
「そうですね。先ず、二人いるという魔術士の、もう一人を見つけられれば」
 サフが二人と断言した魔術士。
 その中の一人はアミル自身が肯定した。もう一人が、残りの面々の中にいる。
「見つかれば、魔力場の異常も解りますか?」
「断言は出来ませんが、誰か解れば測定してみれば良いのですから、その結果から魔力場の異常の原因が割り出せるかと」
「ソーヤさんは魔力場の測定が出来るのですか?」
「えぇ。だから今回の任務に派遣されています」
 魔力場は魔術士にとっては常識であるものの、普段敢えて測定したりする事は無く、普通の魔術士が測定方法を知っている事は無い。それこそ、魔力場に関しての魔術書を読んで身につけた魔術士くらいのものだろう。
 そういえばソーヤは研究室付きの魔術士だった。
 ヴィンスの王宮にある魔術士の研究室で何が行われているかメルティアは知らないが、その名のごとく何がしかの研究が行われているのだろう。研究に勤しむ魔術士は実践向きではないが、新しい魔術を生成したり、世界の調査をしたり、魔術士の世界では欠かせない存在である。
 今回のように国益が絡む任務もあるのだ。国としても重要な存在だ。
「では、もう一人の魔術士を捜しましょう」
 メルティアがソーヤにそう言った時。
 彼女の口をソーヤが素早い動きで手で塞いだ。突然の事に彼女はされるがままに口を塞がれ、目線だけでソーヤを見上げて問いかける。その答えは、直ぐに解った。
 廊下の向こうから屋敷の住人がやってくる。
 今まで話していた内容は、やはり聞かれたくないものなのだろう。
 だからメルティアは頷いて、大丈夫だと暗にソーヤに伝えた。
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