王女は森の住人と出会う 2

文字数 2,522文字

 その間にも彼らは庭園を抜けて、屋敷の表玄関にあたる小さな広場の前にまで来ている。
 煉瓦が敷き詰められた広場は、ちょっとした公園程度の大きさがある。
 庭園と屋敷に囲まれていて、森の中とは思えない程にそこは開けていた。
 四人と一匹がそこに着いたとき、屋敷の扉がすっと開いた。
「あれ? 何か多いな」
 姿を現したのは、この辺りでは珍しい黒髪に黒い目をした、精悍な顔立ちをした見るからに凛々しい青年だった。体つきが服の上からでもしっかりしているのが解る。彼を確認した瞬間に白い獣が走り寄っていって、足に体を擦るようにして懐いた。
 それをぽんぽんと撫でて、黒髪の青年は迎える。
 どうやら白い獣は黒髪の青年を主としているらしかった。
「お客さんだって〜。サフが連れて来たよ」
「サフが? じゃあアミルも追い返し辛いだろうな」
 クリアの言葉に笑ってそう言う所から、どうやら彼もアミルという屋敷の主ではないらしい。ここまでで既に三人も屋敷に住んでいるらしき人物が出て来たが、絶世の美少女に、農作業姿の優男に、凛々しい美丈夫と、結構目立つ面々ばかりだとメルティアは思う。そして誰もが魔術士っぽくない。どうやらこの屋敷で魔術士はアミルと呼ばれる人物だけのようだった。
「彼はイガルド。彼も私のお兄ちゃんみたいな人で、同じく此処の居候だよ。イガルド、こっちがメルティアさんと、ソーヤさん。魔術書に用があるんだって」
「どうも」
 紹介されて頭を下げた二人に、イガルドと呼ばれた青年も頭を軽く下げる。
「イギーはどうしたの? どっか行くの?」
「いや、俺はサフが帰って来たらしいってセバスちゃんから聞いて、迎えに出たとこ。っていうかお前またそんなに汚れて。早く着替えてこいよ」
「えー、そんなに汚れてないけどなぁ、もう」
 自分の姿を見下ろしながらクリアが言うが、近寄って来たイガルドがそんな彼の頭を軽く叩いて背中を押せば、素直に屋敷の方へ歩き出す。そのクリアの様子を少し見たイガルドは、サフの方へと手を伸ばしてその頭を撫でた。
「俺はクリア連れて行くから、サフはその人達をアミルのとこに連れて行ってやれ。多分俺たちが連れて行くよりは話が出来るだろ」
「そう? アミルはちゃんと話してくれるよ?」
「かもしれないけど、まぁ保険だ。アイツはサフには甘いから」
 じゃあ、と片手を振って、イガルドはクリアと白い獣を連れて屋敷の中へと戻っていった。
 それを見送ったサフがメルティア達二人を振り返る。
「それじゃあ、アミルの所まで僕が案内するね」
「その前に訊いてもいいだろうか?」
 サフに、ソーヤが問いかけた。
「この屋敷には、何人が住んでるんだ?」
「僕らと、セバスちゃんと、アミルで、五人かな?」
「その中で魔術士は何人いるんだ?」
「二人だよ」
 迷いのないサフの返事に、どうやら隠したり隠れたりしている訳ではないのが解る。
 調査に来たというソーヤの話の内容に間違いが無ければ、その二人の魔術士の内の少なくとも片方は相当な力を持つ魔術士である筈だ。これまでの話から想像する範囲では、それは恐らくアミルと呼ばれる屋敷の主の方なのではないかとメルティアは思う。
 写本を作れるような魔術士だ。
「あの、そのアミルさんという方は、どんな方なんですか?」
 恐る恐るメルティアが問えば、サフは少し考えた後に、にこりと笑った。
「優しいよ」
 何のてらいもなくそう断言されて逆に戸惑ってしまった。さっきまでのクリア達の話から想像して、アミルというその人物は気難しそうな印象があったのだ。しかしサフにとってはどうやらそうでもないらしい。
 もしかするとそれはサフ限定なのかもしれなかったが。
 改めてサフを見る。
 長い金髪の、綺麗な美少女だ。しかも性格も良さそう。こんな子に冷たく出来る人間がいたらむしろ見てみたいと思う程には、初見からずっと非常に好印象な少女。容姿も性格もどちらかといえば平凡よりなメルティアからすれば、羨ましい限りだ。
「魔術士としては、どういう人なんだ?」
「凄いよ」
 ソーヤからの質問にも即答。ただし魔術士でないサフの意見なので、これはあまり参考にならない感想ではある。
 魔術士の凄さというのは、えてして魔術士の中と一般の中では、その評価が変わってしまう事がある。それは魔術士だからこそ解る部分とそれ以外の部分によって評価が分かれてしまう事が多々あるからだが、だからといって一般の感覚を否定は出来ない。
 それでも、魔術士には魔術士にしか解らない世界がある。
 こればかりは説明しようがない。
 魔術を実行する時に魔術士の誰もが世界の深淵へと潜るが、深淵がどういうものか説明せよと言われても万人に納得がいく説明を出来る魔術士など存在しないように、魔術士には独特の世界があり、それを元にした評価がある。単純に凄い、と言えど魔術士にとっての凄さと一般から見る凄さはかなり異なる事が多い。
 そんな中ではあるが、では互いの認識で基準に出来るものが全くないかと言えば、そうでもない。
「どんな杖を使ってるんだ?」
「アミルは杖を使わないよ」
 ソーヤからの問いかけに対するサフの答えに、あぁ杖無しなのかとメルティアは覚悟を決めた。
 基本的に魔術士は深遠に潜る際の目印として杖を使用する。これはどの流派でも同じ事が言えて、深淵に潜った際に現世に戻って来る為の灯台のような役割を杖は持っている。だから術を使用する際に杖は必須で、日常生活の中でも基本肌身離さず持ち歩く。メルティアもソーヤも、それぞれ材質は違うが杖を持っている。
 だが、稀に杖を使用しない魔術士も存在する。
 杖無しと呼ばれる彼らは、熟練した技や深淵の知識によって、杖を使わずとも術を行使するに困らないだけの力や経験、技術を持った存在であり、魔術士としては大抵強い。
 つまりアミルと呼ばれている者は、魔術士から見ても凄い可能性が高い。
 こんな森の中で、魔術書を沢山持っている、杖無しの魔術士。
 一体どういう人なのだろうとメルティアは緊張する自分を叱咤しながら、歩き出すサフの後を追った。どういう相手であっても、話をしなければならないのだ。その為に、この森までやって来たのだから。
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