妖怪なべとばし

文字数 1,104文字

 朝っぱらから最悪だ。水の入った鍋を、うっかり床に転がしてしまった。
 冬の寒い朝。ストーブをつけて、朝食の鍋もの(もう三日も同じものを食べている)をストーブにかけ、ついでにお湯を沸かそうと、小鍋いっぱいに水を汲んで、並べようとした瞬間だった。
 今どきの擬音だと、なんだろう? どんがらがっしゃんは古い。がーん、とか。ぐわん? まあ、とにかく小鍋を床に落として、そこらへんを水びたしにしてしまったのである。
 朝からツイてない。夢見も悪かったし。
 古タオルを取り出して、床の水を拭き取り、小鍋を洗う。
 幸い、ストーブそのものに水をぶっかけたわけではないので、火は点いた。なんだかんだ言って、ストーブは最強暖房だ。原初の火は、部屋が暖めるのがお上手である。
 鍋ものの温めは追加でガスレンジに。さらには冷凍ごはんを放り込んで、雑炊にした。
 拭いたばかりの床の上に座布団を敷き、少し背を丸めて、ストーブの真ん前で、雑炊をちみちみと食べる。猫舌が雑炊を食べきるタイミングで湧いた湯で、ぬるいコーヒーを煎れて、少し気分が落ち着いた。まあ、こんな日もあるよね。
 もう一度、小鍋いっぱいに水を湧かして、洗い物をすませ、食事室のテーブルに突っ伏した。
 あー、市県民税の計算めんどうだなー。ブツクサ言いながら、計算機を叩いたり、パソコンを開いたり、メモをとったりしていると、突然、背後でボンッと破裂音がして、小鍋が空を飛んでいくのを見た。
「は? ……鍋、とんだ?」
 思わず、口に出して言ってしまった。
 いや、本当に鍋が空を飛んだのだ。そして、ストーブから50㎝ほど離れた床に転がっている。
 なんで? なんで今、鍋が空とんだの!????
 わけがわからない。
 こちとら文系。この現象を科学的に説明しろと言っても無理なのである。
 怖い。なんで鍋が空を飛ぶの?
 よく見たら、熱湯は床だけでなく、反対側の壁まで濡らしているし、さっきまで突っ伏していたテーブル上の本、そのビニールカバーにも水滴が点々と。
 ゾッとした。
 あと何㎝かズレていたら、自分の後頭部に鍋が激突していたり、熱湯をかぶっていたかも知れない。
 冗談じゃない。こんな寒い日に火傷して、全身を冷やす羽目になったら……!
 本日2回目の床掃除、そして鍋の片付け。
 今日は、妖怪なべとばしの日だ。もう、そんな気がしてきた。
 怖すぎて、友人にメールしてみたら返ってきた返事は、こうだった。
『突沸したのかな? 怪我しなくてよかったね』
 文系の皆さん、これ、妖怪なべとばし(命名者・私)という心霊現象じゃなくて、突沸と言う科学現象だそうです。
 頭の良い友人のおかげで、ひとつ賢くなった……。
ワンクリックで応援できます。
(ログインが必要です)

登場人物紹介

登場人物はありません

ビューワー設定

文字サイズ
  • 特大
背景色
  • 生成り
  • 水色
フォント
  • 明朝
  • ゴシック
組み方向
  • 横組み
  • 縦組み