猫舌と喫茶店

文字数 1,445文字

 猫舌ではあるが、コーヒーや紅茶が大好きで、コンビニコーヒーもおいしいけれど、足腰を休めたいときは喫茶店にどっかりと座りに行く。
 猫舌ゆえ、コーヒーは基本的にアイスコーヒーを頼むが、寒い日は一応ホット。が、お冷やの水も一緒だ。こっそり、ちびちび、差し水などをして、ぬるくして飲む。砂糖とミルクは、ノーサンキュー。
 ああ、きっと、この飲み方は邪道なのだろうな、と思う。
 私などの百倍、千倍コーヒーに詳しい人々が、お湯の温度や豆の挽き方を吟味して、ベストの温度と濃さでお出しして下さるのに、猫舌の私はそれを無視しているのだ。ごめんなさい、バリスタさん。わたし、ぬるくしないと飲めないんです。なにせ猫だから。

 お気に入りなのに毎度、混みすぎていて結局、入れないこともある某チェーン喫茶店に、運良く滑り込めた日は幸福だ。ここは、ソファがほどよく堅く、ほどよく柔らかく、充電コンセントもあるし、壁に向かって並ぶ長机には、お一人様用の仕切りがお行儀良く立っていて、ぼっちで行くには最高の環境だ。
 が、今日はあいにくお一人様席のほうが埋まっており、一人で行ったにもかかわらず、テーブル席にご案内されてしまった。
 いや、テーブル席は机が広々としていいけど。視界が広くなるので、他人からの視線が気になったり、逆に他人の様子が気になる。ここで小説を書くのはいいんだけど、絵を描くのは無理。
 結局、持ち歩いていたスケッチブックを広げないまま、先に来たお冷やと、ホットコーヒーを少しずつ混ぜ、そしてカリカリ焼いたブレッドに卵ペーストをすりつけ、時間をかけて咀嚼する。
 早く食べると、喫茶店に鎮座する時間が短くなってしまう。私は気が小さいので、カップや皿を空にした状態で一時間陣取ることすら気が引けてしまうのだ。ごゆっくりどうぞ、と店員さんは言ってくれているけど、この店の存続のためには、私が早く引き上げて客の回転率を上げるか、一時間ごとに、もう一品、何かを頼むしかないだろう。私のなかのマイルールがそう囁いている。

 居心地のよい喫茶店で、一口コーヒーを飲んでは、そこに水を足し、先より少しぬるくなったコーヒーをまた一口。薄茶色の照明の下で、なんとなく、ホワワンとした気持ちになって、何を見るでもなし、ぼーっとしていると、視界の先、お一人様席のお客さんがすっくと立った。トイレに行くらしい。荷物、鞄はそのままだ。パソコンが置かれている。
 ――ここは日本だけど。日本なんだけど。なんだか、やっぱり心配で。置き引きとか、スリとか。せっかく、いい気分でコーヒーを飲んでるのに、同じ店内で、そんなことが起きたら、せっかくのホワワン気分が台無しだ。
 誰にも頼まれていないのに、勝手に見張り番を開始してしまった。あのお客さんがトイレから帰ってくるまで、誰もあの人の荷物に手を出すなよ。私が見張り番だ! ――いや、まあ、荷物を凝視している段階で、私のほうが怪しい人のような気がしてきた。いやいや、私は悪くない! ただ、ちょっと気になるから、あの荷物とパソコンの見張り番をこっそりしてるだけ。

 間もなく、お客さんが帰ってきた。
 鞄もパソコンも無事ですよ! 今日も日本は平和だったよ! この喫茶店に、悪い人はいなかったよ!
 さあ、見張り番は終わりだ。また、私の、私だけのホワワン空間に戻ろう。
 コーヒーに口をつけたら、水を差さなくても、ちょうどよいぬるさになっていた。
 ああ、ホッとする。
 猫舌の私には、このぬるさがちょうどいいんだ。
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