第6話 調査報告(4)

文字数 1,067文字

 非難の声を上げかけたサザミをエミリオは小さく制した。

「ただ、一行が救世主を自称したという事実はありません。ヒースの村でも『亡くなった招来術師(しょうらいじゅつし)を弔ってやってほしい』という言伝(ことづて)だけで、何の見返りも求めてませんし」
 トビアが苦い表情で息を吐く。
「何か声明の一つでもあれば、目的も分かりそうなものなのですが」
「分かることは二つ。エトラ領にいたことから、おそらくクウェンの人間であること。そして少数でありながら、カルマの四精術師隊(しせいじゅつしたい)に匹敵する戦力を有していることくらいです」

 エミリオが口を閉ざすと、トビアが改めて全員を見回した。
「サリエートはその者たちに討伐されたとみて良いでしょう。この事実はカルマよりも先に、我々が報じなければなりません」
 トビアの言葉に、サザミを含めた術師たちは渋い表情を見せた。
「しかし、そんな得体の知れない連中がサリエートを討ったなど……」
「軽率に公表するのは危険なのでは?」
「そもそも、俺たちがサリエートを倒さなければ世間の目だって今までと変わらないではないですか」
 湧き上がる不満と危惧(きぐ)の中、周囲を見回したエミリオは笑みを浮かべて言った。

「──なら、招来術師(おれたち)が倒したことにしちゃえば良いじゃないですか」

「はぁっ!?」
 サザミが、いや他の術師たちも驚いた顔でエミリオを見た。
「お前、何言って……」
「だって今、アーシャ湖には俺たちしかいない。俺たちが聖都に報告して、それが世に公表されれば誰も異を唱えられなくなります。……でしょう、トビア様?」
 腕を組んだトビアは視線だけでエミリオを促した。エミリオは一歩進み出ると、並ぶ四人の術師に向かって言った。

「もし、俺たちの報告を偽りだと断じる存在(もの)が現れたら。それは単に招来術師を悪く言いたいだけの者か、

かのどちらかです。前者であれば構うことはない。後者であるなら願ったりではないですか。ずっと正体を現さなかった救世主が自ら声を上げてくれるのですから。──どう転んでも、招来術師(おれたち)の損になることはないと思いますよ」

 そう言って屈託(くったく)なく笑うエミリオを、サザミはぽかんとして見つめた。
 普段から毒にも薬にもならないふざけた態度を取ってきた同期が、使えるものは利用しろ、他人の手柄であろうと招来術師(じぶんたち)のものにしてしまえと狡猾ともいえる発言をしたのだ。周りの術師たちも、エミリオが見た目通りの純朴な青年ではないことにようやく気づいたようだった。

 トビアは組んでいた腕を解くと、小さく頷いて言った。
「全体へ向けての発表は明日以降に行います。本日はこれで解散としましょう」
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登場人物紹介

名前 : トレンスキー・エル・デア・ルートポート

誕生日: 10月8日

誕生花: 金木犀(花言葉は謙遜、真実、陶酔)

好物 : 酒類、特に赤ワイン


 クーウェルコルトの若き女四精術師。お人好しで少しうっかり者。弟子の前ではやや格好つけていたが、最近では肩の力が抜けて素の状態を出すようになったらしい。

 普段は彼女の決定で行く先が決まることが多いが、今回は飛びだしていったラウエルを追ってアルニア領カジャの町へと向かう。

名前 :アンティ・アレット

誕生日:2月23日

誕生花:ポピー(花言葉は忘却、想像力、恋の予感)

好物 :干した苺


 トレンスキーの弟子。ようやく師匠の誤解も解けて安心したらしい。大人しい性格は変わらないが、最近は周りの大人たち(?)に積極的に質問をしたりする好奇心旺盛な一面も見られる。

名前 :ハヴィク・ラウエル・イル・メルイーシャ

誕生日:7月2日

誕生花:クレマチス(花言葉は精神の美、旅人の喜び、策略)

好物 :アップルパイ


 招来術師シウル・フィーリス・イル・メルイーシャの創った招来獣。一行の荷物持ちや話を聞く係になりがち。今回は亡き主の名を騙る人物がいるとのことで単身アルニア領へと向かった。基本的に温厚で清廉なのは、亡き主の意向を汲んでいるかららしい。

名前 :ゲルディーク・イアン・リレッダ

誕生日:9月18日

誕生花:アザミ(花言葉は独立、報復、人間嫌い)

好物 :ハーブティー


 カルア・マグダから来た隻眼の四精術師。気になる人間に対しては何だかんだ言って世話を焼きがち。情報収集から薬の調合などのサポートが得意。今回も一行と共にアルニア領へと旅することになる。

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