ほんの少しマシになるだけでも

文字数 2,245文字

 ある日突然、窓を開けたら強烈な香料が流れ込んできて、外はもう臭くないのに部屋はしばらく香るという事が有りました。
 いつ何時何が入って来るか分からない……香害で窓が開けられないとは、そういう事です。

 真夏でもまともに窓を開けられなくなって、年単位で時間が経ちました。
 今は夜に洗濯する人も居るので、夜中でも香ってくれば窓を閉めなければなりません。今年は去年よりもさらにつらいでしょう。
 ……排水の臭気も、干している洗濯物の香りも、規制は有りませんので誰も悪くありません。悪者にされるのは、私です。

 香害と化学物質過敏症は結びつきやすい物ですが、結びつくほどに問題は深刻です。
 例えば、保険の外交員の方のスーツが強烈な柔軟剤仕上げされていた日には、家中に香りが広がって、買い物に逃げ出せなかったら死んでいたところでした。そんな事が有ると、エアコンの取り付けをお願いする事もできません。作業する方の作業着が柔軟剤仕上げされていて、もしそれが高残香タイプだった場合、部屋に通す事どころか、家に入ってもらう事もできないのです。
 今でさえ、段ボール箱や葉書が、何となく洗剤の様な、柔軟剤の様なにおいになっている事が少なくないのですから。

 とは言え、今現在の日本は、この病原菌騒動の以前から、香料成分の規制に動いているとは言えない状況で、法的な改善の目途は有りません。しかし、規定量通りに柔軟剤を使った後の洗濯排水の臭気が、住宅地における工場排水の規制値レベルの臭気だったという調査結果が有ります。まさにその住宅街で、排水からも洗濯物からも香りが出ている状況は、とても良い環境とは言えないでしょう。
 加えて、適切な廃棄で海洋ゴミにならないレジ袋やプラスチック食器ばかりが非難され、最初から海洋へと行き着く運命にある、柔軟剤の一部が採用しているイソシアネートのカプセルを規制する動きは有りません。
 それだけでなく、香りの強い製品には周囲への配慮を促す文言が、たばこの注意書きの如くささやかに掲載される様にはなっているそうですが、そもそもそんな配慮をしなければならない家庭用品に対しての疑問は、表立って主張されている様には見えません。
 もちろん香料を使う自由は有りますが、濫用される事によって健康を脅かされているのも実情で、自治体レベルでの注意喚起に乗り出している所も出てきています。
 しかし、残念ながら今は香料を使わないという権利はあまり重視されておらず、芳香剤の設置された公共のトイレが使えないという少数派の意見は通りません。とはいえ、その芳香剤は絶対に設置しなければならない物ではありません。悪臭が出るのはよく有りませんが、適切な清掃と換気が有れば緩和されますし、そもそもトイレは臭いんです。

 ……トイレは不浄な場所。
 そう、現代の人間の認識をいま一度見直さなければ、香料の濫用は収まらないでしょう。柔軟剤が香り付けをする物では無いだとか、体臭は風呂に入らなければ落ちないだとか、そういう根本的な事を認識しなければ、香りと抗菌剤で誤魔化し続けようとするのではないでしょうか。それが人間の健康を害していたり、使っている本人の健康にさえ害を及ぼす可能性が拭い切れないとしても。
 しかしながら、悠長な事を言っていられないのが現実です。
 一応、日本国内でも公共の福祉の為に権利が規制される事は有りますから、その観点から公共施設の無香料化や、製品に対する規制をしていかなければならないのかもしれません。そうでなければ、自治体から香害の言葉と共に、洗濯方法に対する注意喚起を出すような事例は無かったでしょう。反対に言えば、香料が生活に欠かせない必須物質であったなら、注意喚起に乗り出しはしなかった……濫用される香料は、決して生活に必須の物では無いとの前提で、消費者は考え直さなくてはならないと考えます。
 海外の事例ではありますが、アメリカなどでは職場での香料不使用などの制限を課した自治体も有ります。日本とは状況や法整備が異なる土地の話ではありますが、過敏症の人間は決してレアケースではないのですから、公共性の担保の為に芳香剤の撤去や、公共施設での香り付き消臭芳香剤の不使用、従事する人達に対する高残香性柔軟剤の使用自粛の勧告など、使わなくてもよい香料の不使用を公共の福祉の名のもとに進められればいいのかもしれません。

 しかし……既に香害について啓発されている地域が有るとは、羨ましい限りです。私の住んでいる地域は沿岸部を含んでおり、漁業者も居る様な所なのですが……香りどころか排水に対しても何ら問題意識は無く、それ以前の問題として自治体の政治自体がカスですよカス。あ、じゃあお前が首長選に出ろと言うのは、年齢的にまだ無理です……後、ド田舎なので後援団体のデカさで議員が決まる様な有様ですから、一匹狼の若い世代の意見とかないんで、あははは……引っ越したい。
 ところが、これがまた笑えない。海の栄養分を補う為に排水の浄化工程を見直して、窒素やリンを多少流そうという方向に進むのであれば、有害成分はできる限り低減させる努力をしなければならないでしょうに。
 酷い話が、排泄物は直接流しても最悪分解されますが、洗剤の分解は遅く、香料は生物に蓄積される物を含み、過剰な柔軟剤などの四級アンモニウム塩の排水は有用微生物の減少も心配されるのです。
 ……この土地でそんな説明しても、糠に釘で馬に念仏ですがね。やっぱ引っ越したい。
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