第14話 理由(わけ)

文字数 3,333文字

 妙な事になってしまった。なんと、よりによって、世の中で一番ムカつく奴と共同行動を取る羽目になってしまったのだ。
 政治に例えて言うなら、政策協定ってやつかな? 玲奈を探すと言う目的の為に、僕は河原崎と妥協した。虫が好かないことは確かだし、河原崎の本心が純粋なものなんかじゃないと思っていた。しかし、協定することで好都合な面もいくつか有ると判断したのだ。
 まず、河原崎は車を持っているから、機動力が有る。当面、カルト教団の事について真偽を確かめて置く必要が有ると思った。僕が知らない情報も、河原崎はまだ持っているかも知れない。そして何よりも、僕の知らないところで河原崎に動き回られるよりも、奴の動きが分かっていた方が良いと思ったのだ。

 大塚駅北口で待ち合わせた。ぎごちない挨拶を交わして、河原崎のプリウスの助手席に乗り込む。しばらくは、お互い無言が続いた。
 行先は分かっていた。河原崎が言うには、教団の施設は多摩地区の西京市に有ると言う。車で一時間ほど掛かるようだ。河原崎と同行するのも止む得ないと思った理由の一つはそれだ。電車で行くには面倒臭い所だったから、車の方が遥かに楽だと思ったのだ。
 着くまで無言のままでも別に良かったのだが、間が持てずに、つい、僕の方から話し掛けてしまった。
「どんな教団なんですかね?」
と聞いてみた。
「思いっきり簡単に言えば、終末思想。ハルマゲドンでもいいが、要は、人間の行いが悪いから、世界はもうすぐ終わってしまう。助かるには、あいつらの言う神を信じて祈るしかない。信じない奴は地獄に落ちるってとこかな」
と、河原崎はその教団になかなか詳しいような様子だった。(しゃべ)りながらも、流石に慣れたハンドル捌きで車を走らせる。
「アルマゲドン? ばっか馬鹿しい。中坊(ちゅうぼう)の書くラノベでも、もうちょっとマシなストーリー考えるよ」
 なんでそんな教団に入る奴が居るのか、本当に不思議だと思った。
「人間って、案外馬鹿馬鹿しいこと好きなんだよ。ハリー・ポッターだの呪術廻戦だの結構好きじゃないか」
「エンタメとしてはね」
 何、(とぼ)けた事言っているのかと思った。
「もちろんエンタメは、有り得ないこと承知で楽しんでる訳だけど、どっかで、そういうのを信じたいって気持ちが有るから好きなんじゃないかな、理屈じゃ無くて。だから、詐欺に引っ掛かったり、インチキ占い師を信じたり、カルト宗教に入ったりする人、現実には結構大勢居るだろう」
「まあね。確かにそう言う人も居る。そういう人達、何考えてんのか、俺には想像付かないけど」
「いや、条件さえ整えば誰でも引っ掛かる。要は、その時の心理状態だ」
「それは、あんたの考えだろう」
 僕は頭から馬鹿にするかのように言った。すると河原崎は、
「大体、何でキリストはユダヤ人の顔してて、釈迦はインド人の顔してるか分かるか?」
と聞いて来た。『何を訳の分からない事を……』と僕は思う。
「そりゃ、その地方で生まれた宗教だからだろう」
「そうだ。神も仏も、その時代のその地域の人々が知っていた情報の範囲で、人がイメージして作ったから、そうなった。神が人を作ったんじゃなく、人が神を作ったという何よりの証拠じゃないか。カルトに限らず、俺は宗教なんてもの信じない。全知全能の神が居るんなら、瞬時に世界中の人間を信者にすることだって出来るはずじゃないか。でも、宗教は人間の布教活動でしか広がらない。それだって、神なんか居ないという立派な証拠だろう。良い事が有れば神のお陰と言い、悪い事が起これば、信心が足りない、或いは神がお与えになった試練だなんて言う。何から何まで、ご都合主義的な説明でしか無い。だから、俺は宗教は大嫌いなんだよ」 
『こいつ、なんか宗教に恨みでも有るのかな』と僕は思った。
「へえ、なるほどね。でも、そんな見え透いたご都合主義的な説明、なんで大勢の人が信じているんだと思う?」
と聞いてみる。
「人間って、自分じゃ理知的と思ってるんだろうが、案外単純なのさ。例えば、生年月日占い。生年月日が同じ人が同じ運命辿っているか? 星座が同じ人が同じ運命辿るか? 金持ちに成り上がった人は、みんなおんなじ手相、顔相してるか? 神がじゃ無いが、そう言う馬鹿みたいに単純なこと、なんでみんな疑わないんだ?」 
 河原崎が妙に入れ込んでいるのが、何か不思議だった。  
「本気じゃ無いからだろう。占いなんて遊びさ」
「本気な奴も居るさ。遊びじゃなく、信じて成功する奴も居れば、ドツボにはまる奴も居る。でも、ドツボにはまったとしても占い師は責任取らないし、罪にもならない。信じた奴が馬鹿ってだけの話だ」
『或る意味正論だが、占い師には占い師の言い分が有るだろう。こりゃ何かの怨念だな』と僕は思った。
「まあ、信じてる人には色々反論も有るだろうけど、あんたの考えは分かったよ」
 どっちでも良いことだから、軽く(かわ)すつもりで、僕はそう言った。
「だけど、そう言う事って、信じさせようと思ってどれだけ一所懸命説明したって、人間、そう簡単には信じないって事も有る。と言うより、普通の精神状態で居れば、むしろ、その方が普通だ」
 どうやら、河原崎の(しゃべ)りたがりに火を点けてしまったようだ。
「ポイントは論理や理屈じゃない。別の所に有る」
と河原崎は得意気(とくいげ)に話し続ける。
「良く分かんねえ……なに、それ?」
と僕はひやかし半分に口を挟んだ。何が言いたいのかと思った。
「モノじゃ無い。人だ。何を信じるかってことは、つまり、誰を信じるかってことだ。営業だって、商品じゃなく、営業マンを信じるかどうかだ」
 河原崎が営業に付いての持論を語ろうとしているなら、そんな事に興味は無い。
「悪いが、あんたの営業論に興味は無いね」
と遮った。
「営業論じゃ無い。カルトの教義なんかどうでも良くて、綾香も人を信じたんじゃないかなってことだ。何か不安が有ったんだ。或いは苦しいことが有ったんだ。それで、人に(すが)り、人を信じた」
「誰を?」
「ただただ聞いてくれる人、決して責めない人、ひたすら共感してくれる人だ。勧誘の決め手は、教義を理解させることじゃ無い。ひたすら寄り添ってくれる人だと思わせることだ。何が言いたいか分かるか?」
「何となくはね。でも、だから、何?」
と、僕は不機嫌に返した。
「心当たりは無いのかと聞きたいんだ。つまり、綾香、いや玲奈ちゃんか。彼女が何に悩んでいたのか、気が付かなかったのかって聞いてるんだよ」
 どうやら、玲奈の行動の原因を僕が作ったのではないかと、河原崎は言いたいらしい。
「なんか悩みが有って、周りの人間の中に、誰もそれを聞いてくれる人が居なかった。それが玲奈がカルトを信じた理由だって言いたい訳? こじつけだよ。なんか悩みがあったとしても、それがカルト宗教を信じる理由になる? それとも、悩みを聞いてやれなかった俺を責めてる訳?」
 どうでもいいような気持ちで聞いていた話が意外な方向に発展し、それが、まんざら見当外れとも言えない事だったので、正直、僕は(あせ)った。
「入信する理由は、あいつらが他の誰よりも優しいから。そう思わせるからだよ」
 河原崎はそう繰り返した。河原崎の言いたい事は分かったが、僕は、それに対する答を持っていなかった。
「普通の社会ってさ、付き合いも表面的だし、親しい相手だからって、そう何もかもさらけ出せるものじゃ無い。仲間だの友達だのって言ったって、同時にライバルだったり、そうでなかったとしても、親しき中にも礼儀有りじゃ無いけど、相手の立場も考えも有る。どんなに親しい人でも、無条件に何でも頼れる訳じゃ無い。結果として誰でも、孤独を感じたり、他人に言えない悩みを抱えていたりする訳だ。もし、何かで気持ちが弱ってる時に、反論したり馬鹿にしたりしないで、すべてを受け入れてくれる人間、何でも聞いてくれる仲間が出来たと思ったら、理屈なんか関係無く、心理的にその人に依存してしまうんだよ。そういう風に持って行くのが、カルト教団の勧誘だ。奴らはそれを巧妙にやる」 
「玲奈は、はっきり信者になってしまっているのか?」
と聞いた。内心、河原崎の意外に真面目な物言いに驚いていた。僕は茶化すのをやめようと思った。
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