第2話 眠りに付くまで

文字数 2,696文字

『でも、あれで、単なる同僚から、いわゆる”トモダチ” くらいにはなったのかな』と、僕は勝手にそう思っていた。
 コールセンターでは、空いていれば、隣の席に座ることが多くなり、やがて、隣がいつも空いていて、必ず隣に座れるようになった。コンビニで弁当買って来て、昼休みには、一緒に、休憩室で食べた。でも、それだけだった。たとえば、玲奈が、僕のために弁当を作って来るなんてことは、まったく、考えられもしないことだった。それに、玲奈には彼氏がいた。皆そう言っていたし、本人も否定はしなかった。でも、僕は、彼氏のことについて、玲奈に尋ねたことは一度もなかった。玲奈もまた、自分から、あれこれ言って来ることはなかった。"別にいいじゃないか。彼氏が居ようと居まいと。聞いてどうなるもんでもない。嫌なら、玲奈の方から僕を避けるだろうし、そうでないなら、僕は少しでも近づくだけだ。自然にこっちに寄って来ることだってあるさ。そう思うようにした。
 ……でも、寄って来なかったら、しんどいな。”いいオトモダチ”とか言われたら、やっぱ最悪だ。”ダイッキライ !って言われる方が百倍まし”なんて思っていた。だから、玲奈から言いださない限り、こっちから彼氏の事に付いて聞いたりはしなかった。

 ところが、飲み会から二週間ほど経った或る日、僕は、玲奈の彼氏の存在を確認させられることとなった。
 遅番の仕事が終わり、エレベーターで薄暗いロビーに降りて、通用口に回って外に出たとき、いつも、最寄りのJR駅まで行くメンバー五、六人と一緒だった。いつもの通り、喋りながら路地から表通りに出た。
「じゃ、お疲れでーす」
と突然言って、玲奈が、駅とは反対方向に歩き出した。少し戻ったところに、白っぽいプリウスが止まっていた。リアウィンドウの右下に何かのステッカーが貼ってあるが、何かは分からない。
 玲奈は小走りに走って、車の側へ行き、開いた助手席側のドアから乗り込んだ。
 皆は、玲奈に「お疲れーっ」とそれぞれ言ったあとは、すぐ、元の話題に戻って、話を続けていた。そして、唖然として振り返ったに違いない僕の行動には、気が付かない振りをしてくれていた。
 運転席には男が乗っていたと思う。良くは分からなかったが、乗り込む時の玲奈の態度から、少なくとも、親兄弟ではないことは確かだと思った。

 空々しく皆と会話しながら、駅までは行った。だが、ホームで別れた後、もう一度戻って、改札を出た。
 さっきの場所に戻っても、まだ、ふたりの乗った車がある分けではない。僕が皆と歩き始めるまでには、既に走り去っていた。戻ってみても、何にもならない。ただ、どうしても、そのまま電車に乗る気にならなかった。
 飲みたいと思ったが、ひとりで洒落た店に入る気も起こらない。繁華街の方に回り込んで、ラーメン屋に入った。餃子をつまみに、ビールの大ジョッキを開けようと思い、注文した。だが、大ジョッキを飲み干しても餃子が出て来ないので、二杯目を頼んだ。餃子を食べながら、二杯目のビールを飲み干すまでに、そんなに時間はかからなかった。

 店を出ると、早くも酔いが回って来た。スマホをいじった記憶がある。パチンコ屋の前を通った時、丁度、客がひとり出て来て、開いた自動ドアの奥から騒音とBGMがひときわ大きく湧き出して来た。一年以上もやっていなかったが、誘われるように入り、そのまま、閉店まで三十分ほど負け続けた。

 帰ってPCを立ち上げ、オンラインゲームを始めたが、まったく集中出来ないので、すぐやめた。動画をあれこれ流しながら見たが、どれも楽しめない。色々覗いては、結局やめた。その間に玲奈のインスタをチラチラと除くが、更新されてはいないし、DMは無い。ラインしたい衝動を抑えて僕は、冷蔵庫からハイボールの缶を取り出して、一本飲んだ。
 ベッドに潜り込んだが頭が冴え、体が熱くなって眠れない。飲んだせいか、気が落ち着かないせいか、何度もトイレに行く。
 色々なことが思い出された。”いつも、何を話していたろう”と思った。大学でのこと。玲奈の就活のこと。知り合った当初は、そんな話題が多かった。
「もう、大変。最初は超一流企業狙ってたけど、レベル下げても下げても、門前払いで見込なし。いっそ、自分で会社でも作るしかないのかって思うくらい」 
「それ、いいんじゃないの。女性活躍社会作るなんて、総理大臣か誰か言ってたよな」
 玲奈は頭頂部に手をやり、整っている髪を掌で掻き乱した。
「ほんと、お金と商才あったら、そうしたいわ」

 玲奈は渋谷にある赤川学院大の三年生。解禁前とは言っても、実際就活は大変そうだった。サイトで見ると、就活開始のお勧めは三年生の五月とある。就職まったく考えていない僕は、玲奈にとって、その点では、決して頼りになる相談相手じゃなかったろう。ファッションのこと。音楽のこと。お気に入りの洒落た店のこと。そう言う、有り勝ちな話題が多かった。業務の不満や誰彼の噂話もあった。
 あるSVから、”リーダーにならないか”と盛んに言われるが、そんなつもりないので断っていると玲奈は言った。
「身近に置いて口説こうとでも思ってるんじゃないのかね。この業界そういうの多いから」
 物凄く気になったのだが、モロ食いついて行く事には気が引けたので、サラッと言ってみた。
「うん。そんな雰囲気。だから、断ってる」
 正直、その言葉でホッとした。
「でも、うざくない? それ」
と聞いてみる。
「う~ん。あんまりぃ、……気にしない」
と玲奈は言ったが、僕はかなり気になった。僕と親しげに話すのも、ひょっとしてそのSVに対する対策じゃなかったのかと、少し勘ぐりもした。
 真面目な話をしたことは、あったろうか? 勉強の話も、恋愛論も、まして、人生についての話なんか、まったくと言っていいほどしたことはない。だから、当然、深刻な相談を持ちかけられたことなど、一度もない。シリアスになることが、カッコ悪いと思っていたのか、踏み込んで行くことが怖かったのか。
 僕がそんな風だった以上、玲奈にとって僕は、友達でさえもなく、派遣現場で知り合った、少し気の合う同僚でしかなかったのだろうかと思った。考えれば、それは当然のことだった。”告ってしまおうか。“と思い、すぐ”……でも、もう、遅いか?”と思った。

 あれこれ考えているうちに、窓の外は、もう、明るくなって来ていた。 
 急に、”何をうだうだと考えているんだろう。”と言う思いが頭をもたげてきて、興奮がすーっと引いて行った。”起きて、熱いシャワーを浴びよう”と思ったのを最後に眠りに落ちた。
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