第8話 モルタルと洞窟の男と魔導具

文字数 2,694文字

 茶色の光に包まれて、山盛りの魔物の(フン)が徐々に形を変える。
 発光が収まると、そこにはセメントの小さな粒と、砂利、砂の粒に分解された大きな山が残った。しかし、ミックスされた状態で分かれているため、それぞれを分別して取り出す必要があるようだ。

 (しげる)はセメントの粒を拾い上げ、ドン引きした表情でうず高く積もった素材を眺める。

「どうやって分別したもんか……。手作業じゃ、何日かかるかな」

 砂利は軽すぎて使えそうにない。砂の粒とセメントの粒を分けたいが、手で(つか)むと、どちらも簡単に崩れてしまうだろう。
 困り顔の(しげる)に、ミディアが(つか)みかかるようにして問う。

「ポレイト! 私、失敗したの? 役に立ってない?」
「いやいや、土の精霊はちゃんと働いてくれたよ。だけど、出来ればこの粒だけを集めて使いたいんだ」

 (しげる)がセメントの粒をそっと手渡すと、ミディアは鼻息を荒くして大きく(うなず)く。

「それなら簡単! もう1回、精霊にお願いしてみる!」

 ジルがどこからともなく、巨大な麻袋を持ってきた。

「食糧を入れる袋だが、しっかりしてるからこの中に入れたらいい」
「ちょうど()い大きさだなぁ。ミディア、この粒だけを袋に入れられるか?」

 (しげる)()くと、ミディアはもう一度大きく(うなず)いた。

「やってみる」

 彼女は両手を、素材の山に向ける。目を閉じて集中すると、セメントの粒だけが光を帯び始めた。
 ゆっくりと浮き上がった粒は、麻袋に向かってフラフラと飛んで行く。
 (しげる)の隣で、モナークが感嘆の声を漏らす。

 5分くらいで、ほとんどのセメントの粒が麻袋の中に詰められた。
 (しげる)はミディアに振り向き、声をかける。

「凄いじゃないか! ミディ……あれ?」

 彼女は力を使い果たし、地面に突っ伏して気絶していた。
 ジルが溜息を()きながら、ミディアを(かか)え上げる。

「こいつの力は、今日はここまでだな。しばらく起きないだろうから、天幕の中に寝かせておくよ」
十分(じゅうぶん)な活躍だよ。ミディアには感謝だな」
「起きたら、思い切り褒めてやってくれ。どうやらポレイトに(なつ)いてるみたいだから」

 ウザ絡みじゃなかったのか。しかし、この世界の精霊ってやつの力を見せつけられた気分だ。この働きを機械でやろうと思ったら、巨大な工場が必要になる。それだけの仕事をあっという間にこなしてしまった。

 珍しく神妙にしていたモナークが、麻袋に入ったセメントを(のぞ)き込みながら(しげる)(たず)ねる。

「なあポレイト。これ、どうやって使うの?」
「まずは倒れた建物の修復に使おうと思う。そうだな、石の壁にはモルタルで、基礎にはコンクリートかなぁ」
「モルタル? コンクリートって、何だ?」
「あれ? モナークはこういうの、興味あるのか」

 モナークは、仁王立ちして、大袈裟な笑顔で答える。

「あたしの(ほう)が長くポレイトと一緒にいるんだ。だから、もっともっと
役に立ちたいからな!」

 このダークエルフ、ミディアに対抗意識を燃やしているのか……。

 ◇ ◇ ◇ ◇ ◇

 ユーラの店で、農耕に使われるという(くわ)を借りた。
 まずはモルタル作りだ。大きな木桶(きおけ)にセメントを投入し、その3倍の砂を入れる。しっかりと(くわ)()き混ぜたら、適量の井戸水を注ぎ、さらに混ぜ合わせていく。

 粘度といい、質感といい、どう見てもモルタルの状態になった。修復中の建物は、元々は不安定な石を泥のようなものでくっつけていただけ。そりゃ地震で崩れても仕方ない。だから、石は出来るだけ四角いものを選別して、隙間をモルタルで埋めて積み上げる。

 現場にいた建計師(けんけいし)に作業のやり方を教える。彼はふんふんと(うなず)きながら、モルタルをすくって()ねてみたり、石に塗ったりしている。

「これはどのくらいで固まりますか?」
「1日くらいかな。明日の同じ頃にはカチカチになってるはずだよ」

 この世界の1日が24時間なのかは、時計がないから分からない。体感では同じくらいだと思うが、忙しいせいか、あっという間に時間が過ぎてしまう。町の人たちを見ていると、誰も時間を気にせず、朝陽とともに起き、辺りが暗くなり始めたら家に戻っているようだ。

 モルタルのことは建計師(けんけいし)に任せて、(しげる)は再び町から出る。
 たくさんの植物や鉱物を集め置かれた場所へ向かうと、そこにはモナークがいた。両手に大きな鉱石を持って眺めている。

「おお、ポレイト。凄い量だぞ。変な色の石とか、キラキラ輝く石とか、なかなか面白いモノがたくさんある」

 盗賊たちの機動力の凄まじさを思い知らされる。4トントラック2台分くらいの素材が、平地にドンと置かれていた。
 (しげる)はモナークから受け取った鉱石を観察する。不思議な色合いの石で、(みどり)色かと思ったら、別の角度では(あか)く、(あや)しく光っている。

「これは、専門家がいないと分からないな。素材に詳しい人がいればいいんだけど……」

 モナークは、大きな葉っぱを拾い上げて匂いを()ぐ。

「あたしの里は森の中だったから、植物のことならそこそこ知ってるんだけどね。石のことはよく分からない」

 ジルが数名の盗賊と一緒にやって来た。

「こいつらが鉱石を集めに行った時、洞窟の中で独り、鉱石を掘っていた大男がいたそうだ。邪魔をするなと言われて追い返されたらしい。そいつなら詳しいことを知ってるんじゃないか」
「なんだか、偏屈(へんくつ)そうな感じだな。でも今は情報が欲しい。会いに行ってみるか」
「ここから歩いて行ける距離にあるが、北の洞窟は元々魔物が()んでいた場所だ。今はもう居ないとは思うけれど、注意して行ってくれ。こちらから何人か出そうか?」
「いや、俺とモナークだけで行くよ。それより、この葉っぱとか石を、出来るだけ分けておいてほしい。とにかく、素材は分別しないと使えないんだ」

 ひとつ(うなず)いてジルは盗賊たちに分別の指示を出す。

 (しげる)は、松明(たいまつ)を借り、モナークを連れて北の洞窟へ歩き始めた。

 ◇ ◇ ◇ ◇ ◇

 洞窟の前で、(しげる)が頭を(かか)える。

「せっかく松明(たいまつ)を持ってきたのに、火が無いや」

 洞窟は深く、入り口付近だけが陽の光で照らされているだけで、中は全く見えない。松明(たいまつ)に火を点けられないと、探索は出来ないだろう。

 松明(たいまつ)を眺めて肩を落とす(しげる)に、モナークがひと笑いして言う。

「火なら簡単に起こせるぞ。この魔導具(まどうぐ)を使えば」

 腰にぶら下げた道具袋から、金属のような光沢の小さな棒を取り出す。彼女は松明(たいまつ)に向けた棒に息を吹きかけた。
 すると、棒から発せられた火花でいとも簡単に、松明(たいまつ)の先端の油を含んだ布が燃え始めた。

「そんなのもあるのか。この世界は面白いなぁ」

 (しげる)の言葉に、モナークはにやりと笑みを浮かべる。

「ようこそ、アシェバラド大陸へ」

 そして、ふたりは洞窟の中へ侵入した。
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