第23話 賊と吟遊詩人としつこい奴ら

文字数 3,148文字

 朝陽が山の端から昇り始める(とき)、ふたりは(みずうみ)を離れた。
 鬱蒼(うっそう)とした森を抜け、草地から荒地へと足元の地形が変わり、森を構成する木々はまばらになっていく。

 モナークが、木々の隙間から現れた空を見上げる。

「そろそろ森の外れだな。ここから少しだけ飛んで、周りに村か町があるか見てみようと思う」

 (しげる)は心配そうな表情で、目を細めて空を見る。

「ワイバーンに見つからないといいけど。それより、翼は回復したのか?」
「ほんの少し飛ぶだけだよ。すぐに降りてくる」

 モナークは黒い翼を広げる。力強く羽ばたくと、彼女は一気に木の高さを超えて行った。
 姿が見えなくなった瞬間、森のかなり遠くで人の叫び声が聞こえた気がした。(かす)かだが、怒声のようで、何かの合図のようでもあった。

 そして、顔をこわばらせたモナークが慌てて戻って来た。彼女は地面に降り立つと、(しげる)の腕を引っ張って大きな木の根元に隠れる。

「矢で攻撃された。(ぞく)が近くにいる」

 さっきの声は(ぞく)か。少なくとも数人の声がしていたはずだ。

「でも、人なら話せるんじゃないのか」
「いきなり攻撃してきた奴らと、何を話すんだ。とにかくやり過ごして……」

 ヒソヒソ話すふたりの間に、影が落ちる。

「お(めえ)ら、なぁにやってんだ?」

 木の根に足をかけて、左目を貫くように大きな傷痕(きずあと)のある男がふたりを見下ろしていた。

 ◇ ◇ ◇ ◇ ◇

「デカい鳥かと思ったが、ダークエルフだったとはな。こんな何にも無い所を旅してる奴らがいるとは思わねぇし。まあ、許せよ」

 カラカラと笑い、その男は仲間たちの元へ歩いて行く。男は金髪で、褐色の肌。鎖かたびらを着て、腰に革のナイフケースを2つぶら下げている。

「おれはランダ。おいダークエルフ、そんな怖い顔するなよ」

 モナークは警戒を解いていない。常に剣に手を掛けたまま、ランダから少し離れて歩いている。
 ランダは(しげる)の身なりを下から舐めるように眺め、口端を上げた。

「そっちの人族は丸腰だな。不思議な取り合わせだ。おれは、ダークエルフと人族がつるんでるのを初めて見たぜ」
「俺たちは王……」

 (しげる)の言葉をモナークが手振りで制する。
 ランダが呆れたような顔で笑みを浮かべる。彼が率いる5人の仲間は、男3人、女が2人だ。彼らもまた、モナークの態度に警戒心を持っているようだ。

 (しげる)は、モナークの左手にそっと触れる。

「少しランダと話をしようと思う。多分、大丈夫だよ」

 モナークをその場に残して、(しげる)(ぞく)たちに近付く。

「そう、俺は丸腰だよ。だからお前らも武器を収めてくれ。俺たちはここを抜けて、近くの村か町に行きたいだけなんだ」

 ランダが指を鳴らすと、数人が構えていた武器を収めた。

「この近くなら、ひとつ大きな崖を越えて行けば小さな町がある。崖を越えずに回り道するなら余計に一夜はかかるがな」
「ランダたちはここで何をしてるんだ? 何も無い場所なんだろう」
「おれは護衛(ごえい)みてぇなもんだ。こいつは吟遊詩人なんだが、大陸中を巡って、後世に残す詩を作ってるのさ。今は南へ向かう旅の途中だ」

 そう言って、ランダはひとりのローブの男を指差す。

「南ってことは、俺たちとは逆の方角へ旅してるってことか」
「ああ。……さっき王都って言いかけたろ。王都はまだずっと遠くだが、食糧も何も持たないでどうやって行くつもりなんだ」

 (しげる)はランダに、ワイバーンから逃げてきたことや、仲間がおそらくこの先の村か町で待っているであろうことを伝えた。
 少し興味あり()に聞いていたランダは、5人の仲間と話し合いを始めた。

 しばらく待っていると、ランダが(しげる)に向き直った。

「おれたちも町まで行こう。この先の崖は一度登ったから、手助け出来るはずだ」

 後ろで待機していたモナークが、低い声で(しげる)に忠告する。

「ポレイト、簡単に信用しない(ほう)がいい。何を(くわだ)てているか分からない」

 聞いたランダは、またカラカラと笑う。

「お(めえ)たちから盗るモンなんてねぇだろ。さっきは本当に鳥だと思って矢を放っちまったんだ。それはもう謝っただろうが」
「あたしたちに協力する理由も無い。南へ行きたければ行けばいい」

 これはダメだ。(しげる)は、工事現場で施工管理者と作業員が喧嘩したときのことを思い出していた。どうやって仲介したんだっけか。

「……モナーク。俺はランダを信じる。もし君が俺と一緒に来られないなら、ここでお別れだ」

 モナークは、一瞬目を見開いた(あと)、唇を震わせる。
 さらに(しげる)は続ける。

「俺たちの目指すべき場所に、少しでも早く近付きたい。いがみ合っていても先には進めない。俺のことを信じてくれるなら、町に着くまででも、ランダを信じてやってくれ」

 プルプルと剣に掛けた手が震えている。ドキドキしながら見ていると、やがてモナークは大きく息を()いて、左手をだらんと下げた。

「分かった。あたしはポレイトを信じる。だが、アンタに何かあれば刺し違えてでもそいつを殺す」

 ……怖いよ、言葉が。

「ランダ、町まで案内してくれるか。そこでもし俺たちの仲間が待ってるなら、早く行ってやらなきゃならない」
「いいぜ。ダークエルフは嫌そうだが、出会いが悪すぎたな」

 吟遊詩人の男が、トコトコと(しげる)に近寄って来た。

貴方(あなた)の周りに、緑色の光が浮かんでいるように見えるのですが……」

 (しげる)は風の精霊の姿を探すが、どこにも見当たらない。おそらくまだ力が戻っていないのだろう。なぜ、吟遊詩人には見えるのだろうか。

「私は風の里という場所で育ちましたから、風の精霊の恵みを受けているのです。おそらく貴方(あなた)は風の精霊使い。風の精霊は心を読むことが出来るので、汚れた心の者には近付きません。だからランダ、彼は信じても良いと思います」
「そんなややこしいこと考えなくたって、目を見りゃ分かる。ポレイト、だったか。お(めえ)もそこのダークエルフも、悪い奴じゃねぇよ」

 ◇ ◇ ◇ ◇ ◇

 森を抜けて山をぐるりと回るように登る。
 次第にランダの言った崖が見えてくる。垂直に近い岩壁で、30メートルほどの高さはありそうだ。
 ランダが仲間に縄を用意させる。おそらく長い(つる)(ねじ)って縄状にしたものだろう。

「おれが()ずここを登る。上の岩にこいつを縛るから、ひとりずつ上がって来い」

 彼は、(しげる)を手招きして、(ささや)く。

「ダークエルフはお(めえ)(あと)にしてくれ。悪い奴じゃねえが、まだ矢で狙われたことを恨んでるだろ」

 (しげる)(うなず)くと、モナークの(そば)に寄る。

「もう、翼の力は残ってないのか?」
「奴らの矢を()けるために何度も羽ばたいたからね。無駄に力を使ってしまったよ。またしばらくは使えない」

 またもやモナークはランダを睨む。(しげる)は彼女の肩をポンと叩いた。
 村に着くまでランダは無事だろうか。

 ランダは岩壁をスルスルと登って行く。道具も使わずに、両手両足だけで垂直な崖をさも泳ぐかのように進む。その光景には、さすがにモナークも感嘆の声を漏らした。

 あっという間に崖を登り切ると、どこかの岩にでもくくりつけたのか、縄状の(つる)が下へ落とされた。これで登って来いということらしい。

 吟遊詩人やランダの仲間がひとりずつ縄を頼りに岩壁を登って行く。力の無い者はそれなりに苦労しながら、危うく落ちそうになりながらも、なんとか登り終えた。

 モナークは最後に残して、先に(しげる)が登り始める。彼女を先に行かせると崖の上で惨劇が起きるかも知れないからだ。

 (しげる)は両手で縄をしっかりと握り、足は岩の出っ張りに引っ掛けて、おそらく一番時間をかけて登る。町に着いたら筋トレでも始めようかと思いながら、汗だくで崖の半分ほどを登った。

 ふと、何か嫌な予感がして下に広がる景色を見遣(みや)る。

 そこには、草原をこちらに向かって飛んで来る両翼のワイバーン1体と、それに追いつこうと駆けて来る片翼のワイバーン3体の姿があった。
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