第7話 精霊とセメントと茶色い光
文字数 3,236文字
町の外で、頭領のジルが盗賊たち20名ほどに指示を出す。
「出来る限りたくさんの種類の、植物を集めろ。魔物の糞 も材料になるらしい」
茂 が付け足す。
「力のある者は、岩を砕いて持ってきてほしい。目的は、家の土台を強化することと、石壁をしっかりくっつける材料を揃えることだ」
金髪で端正な顔立ちの若き頭領ジルは、数名を1グループとして、それぞれ別の方角に向かわせた。グループは森へ、山へ、谷へと散らばって行った。
ひとり、ポツンと残った女を呼びつけて、ジルは茂 に紹介する。
「ポレイト、この若い獣族の亜人 は土の精霊の加護を受けている。素材とやらを作るのに役に立つかも知れん」
茶色の髪に、茶色の瞳。顔は白く、ところどころにスジのようなものが入っており、ベージュのマントからは細長い尾 が出ている。人とどんな種族が掛け合わされたのか、よく分からない。
ジロジロと見られるのが嫌だったのか、亜人の女は咳払いして、自己紹介を始めた。
「私はミディア。里が貧しくて、捨てられた。今はこの団で厄介になっている。土の精霊の力を借りて、物を分解したり、合成することが出来る」
「分解と、合成か。精霊って、どこにいるんだ?」
「今もこの周りを飛び回ってるよ。加護を受けた者にしか見えない」
……微生物みたいなものかな? でも、その力は見てみたい。
「じゃあ、このベヒーモスの糞 を分解してみてくれないか」
糞 と聞いて少し顔を歪 めたが、ミディアは小さく息を吐くと、手を糞 に向けてかざす。
手の周囲に、茶色の光が集まる。
光は手を離れると、ベヒーモスの糞 に近付く。やがて、糞 が発光する。最初は淡く、次第に強い光に飲み込まれ、糞 が輝きを放つ。
まばゆい茶色の光が収束していく。糞 はその形を失い、灰色の粒と、砂利、砂に分解されたようだ。
茂 は灰色の粒を手に取り、指で潰す。粒はサラサラとした粉になり、風に飛ばされていった。
「これは……セメントだ。これがあれば、コンクリートが作れる。大量に集めることが出来れば、家の基礎も作れるぞ!」
興奮気味に話す茂 に、ミディアは詰め寄り、訊 く。
「私、役に立つ? この力、役に立つの?」
「ああ、凄いよ。町の復興に使える。……精霊ってのは、何回でも使えるのか?」
「機嫌が良 い時は、今みたいに協力してくれる。今日は優しい。……ねえ、これ、役に立つ?」
どんだけ役に立ちたいんだ。でも、さっき里に捨てられたって言っていた。自分の居場所が欲しいのかも知れない。
「ミディアの力は、必ず役に立つ。たくさん働いてもらうよ」
「うん! 私、働く!」
彼女は、モナークと違って愛嬌のある満面の笑みを見せた。いや、モナークは無邪気なだけか。失敬。
◇ ◇ ◇ ◇ ◇
モナークは、町の中で崩れた石壁の撤去を手伝っていた。先のベヒーモスとの戦いで、馬鹿力があることを証明してしまったものだから、引く手あまたの様子だ。
茂 は町で唯一の建計師 に、地震に強い家の構造を教える。
木の枝と麻紐を使い、揺れに弱い構造と強い構造を説明する。
「こういう単なる四角で建てるとする」
木の枝を組み合わせて、四角形を作る。それを地面に立てて、横から指で押す。簡単にぐにゃっと曲がって壊れた。
「だから、この四角の頂点を結ぶように、バツ……こんな感じで補強するんだ」
もう一度、木の枝で四角形を作り、筋交 を入れる。今度は、指で横から押しても、びくともしない。
建計師 もそれぞれ、四角と、筋交 を入れた形を試して、嘆息する。
「我々は、建物が揺れることを考えていませんでした。もし奈落の神が起きてしまったのなら、まだ大地の揺れは生まれるかも。倒れた建物の修復にはこの建て方を使いましょう」
「そうだな。あとは、支柱が土に埋まってるだけなのも良くない。コン……硬い素材で周りを固めるか、基礎の上に建てるべきだ」
建計師 は、首を捻 る。
「キソって、何ですか」
「材料が揃ったら、一度、盗賊たちに作らせてみよう。やり方さえ覚えれば、そんなに難しい技術じゃない」
◇ ◇ ◇ ◇ ◇
夕暮れ時、盗賊たちはそれぞれ、採集した植物や、鉱物を持ち寄ってくれた。
盗賊たちは、町をぐるっと囲む高い壁の外側で天幕を張って、いわゆる野宿を強いられていた。それでも頭領のジルはコッカトリスの脅威が無いだけマシと、豪快に笑っていた。
「今日はもう暗いから、明日、色々と試してみようと思う。……ミディアは?」
ジルが別の天幕を指差す。
「久しぶりに土の精霊の力を使ったせいか、疲れて寝てるよ」
精霊の力を使うのにも体力が要るのだろうか。そうすると、ミディアに頼り切りというわけにはいかないだろう。
「また、明日の朝、食糧と水を持って来るよ。じゃあ」
茂 が町に戻ろうとすると、ジルが呼び止めた。
「ポレイト。お前が仕事を与えてくれたおかげで、皆 を生かしておくことが出来た。本当に困ってたからな。ありがとう」
茂 は背中に嫌な汗をかく。そもそもの原因を作ったのは自分たちだ。
「いや、ハハ。いいんだよ。助け合いってやつさ」
引き攣 ったような笑顔を浮かべて返事をし、そそくさと町の中、借りている家へ戻りつつ、ひとり呟 く。
「こういうの、マッチポンプって言うんだっけ。なんだか嫌な気分だなぁ」
家に入ると、既 にモナークは寝床の上、素っ裸で眠っていた。なんて格好で寝てるんだか。それでも、手の届く所に剣が置いてあるあたり、やはり戦士なのだな。
茂 は何も見なかったことにして、壁で隔てられた自分の寝床に横になる。
不思議と、湯浴び場でも、今の状況でも、モナークに欲情はしない。これが長い夢だからなのか、それとも、種族が違うからなのか。
だが、ミディアの笑顔には、少し心が動かされた。単純に好みの問題か。
これが夢なら、いつまで続くのだろう。もし、これが死後の世界なら、この世界で死んだらどうなるのだろう。片瀬先輩はどうなったのだろう。
色々と考えているうちに、いつの間にか眠ってしまった。
◇ ◇ ◇ ◇ ◇
朝陽が昇り、家の壁の隙間という隙間から陽の光が入り込んできた。
茂 が欠伸 をしながら家の外に出ると、モナークが木の棒で素振りをしていた。バッティング練習だ。
「いつでもベヒーモスを吹き飛ばせるようにしておかないとな!」
ダークエルフの寝起きは良いらしい。
茂 は、町の広場にある井戸の水で顔を洗い、盗賊に渡す食糧と水をもらいに警護所を訪れた。既 に馬車の荷台に食糧が載せられていた。
鎧の男が、警護所から出て来て、茂 に元気な声で言う。
「救世主よ。盗賊たちに物資を届けるが、荷台に乗って行くか?」
「じゃあ、お願いします。あと、途中でモナークを拾ってください」
土の精霊の力を見たかったと言っていたモナークを引き連れ、町の外に出る。
盗賊たちは馬車の荷台から食糧などの物資を取り、粛々と朝食の準備を始めた。この世界の盗賊というのは、なんだかおとなしいな。盗賊っていう名前のサークル活動みたいだ。
ジルが茂 を手招きする。呼ばれて近付いて行くと、やたらと臭いのきつい場所に案内された。
「ポレイトの言っていた、魔物の糞 だ。かなり集まったぞ」
確かに、糞 はうず高く積まれていて、2トントラック1杯分くらいはありそうだ。
ちょうど天幕から身体を伸ばしながら出てきたミディアに尋ねる。
「ミディア、これを全部分解、出来るか?」
彼女の顔が一瞬、ものすごく嫌そうな表情に変わった。すぐに気を取り直したようで、ぎこちない作り笑いとともに、諦めたような声で呟 き始める。
「……役に立つ、私は役に立つ、精霊は役に立つ……」
大量の糞 を精霊に触らせるのは、可哀そうだが仕方ない。今のところ手っ取り早くコンクリートを作り出すには、これしかないのだ。
「ひとおもいにやってくれ。ミディア」
「わ、分かった。集中するから静かにしててね」
モナークが、茂 の隣に来てワクワクした様子で眺める。
そして、大量の魔物の糞 が、茶色く光り始めた。
「出来る限りたくさんの種類の、植物を集めろ。魔物の
「力のある者は、岩を砕いて持ってきてほしい。目的は、家の土台を強化することと、石壁をしっかりくっつける材料を揃えることだ」
金髪で端正な顔立ちの若き頭領ジルは、数名を1グループとして、それぞれ別の方角に向かわせた。グループは森へ、山へ、谷へと散らばって行った。
ひとり、ポツンと残った女を呼びつけて、ジルは
「ポレイト、この若い獣族の
茶色の髪に、茶色の瞳。顔は白く、ところどころにスジのようなものが入っており、ベージュのマントからは細長い
ジロジロと見られるのが嫌だったのか、亜人の女は咳払いして、自己紹介を始めた。
「私はミディア。里が貧しくて、捨てられた。今はこの団で厄介になっている。土の精霊の力を借りて、物を分解したり、合成することが出来る」
「分解と、合成か。精霊って、どこにいるんだ?」
「今もこの周りを飛び回ってるよ。加護を受けた者にしか見えない」
……微生物みたいなものかな? でも、その力は見てみたい。
「じゃあ、このベヒーモスの
手の周囲に、茶色の光が集まる。
光は手を離れると、ベヒーモスの
まばゆい茶色の光が収束していく。
「これは……セメントだ。これがあれば、コンクリートが作れる。大量に集めることが出来れば、家の基礎も作れるぞ!」
興奮気味に話す
「私、役に立つ? この力、役に立つの?」
「ああ、凄いよ。町の復興に使える。……精霊ってのは、何回でも使えるのか?」
「機嫌が
どんだけ役に立ちたいんだ。でも、さっき里に捨てられたって言っていた。自分の居場所が欲しいのかも知れない。
「ミディアの力は、必ず役に立つ。たくさん働いてもらうよ」
「うん! 私、働く!」
彼女は、モナークと違って愛嬌のある満面の笑みを見せた。いや、モナークは無邪気なだけか。失敬。
◇ ◇ ◇ ◇ ◇
モナークは、町の中で崩れた石壁の撤去を手伝っていた。先のベヒーモスとの戦いで、馬鹿力があることを証明してしまったものだから、引く手あまたの様子だ。
木の枝と麻紐を使い、揺れに弱い構造と強い構造を説明する。
「こういう単なる四角で建てるとする」
木の枝を組み合わせて、四角形を作る。それを地面に立てて、横から指で押す。簡単にぐにゃっと曲がって壊れた。
「だから、この四角の頂点を結ぶように、バツ……こんな感じで補強するんだ」
もう一度、木の枝で四角形を作り、
「我々は、建物が揺れることを考えていませんでした。もし奈落の神が起きてしまったのなら、まだ大地の揺れは生まれるかも。倒れた建物の修復にはこの建て方を使いましょう」
「そうだな。あとは、支柱が土に埋まってるだけなのも良くない。コン……硬い素材で周りを固めるか、基礎の上に建てるべきだ」
「キソって、何ですか」
「材料が揃ったら、一度、盗賊たちに作らせてみよう。やり方さえ覚えれば、そんなに難しい技術じゃない」
◇ ◇ ◇ ◇ ◇
夕暮れ時、盗賊たちはそれぞれ、採集した植物や、鉱物を持ち寄ってくれた。
盗賊たちは、町をぐるっと囲む高い壁の外側で天幕を張って、いわゆる野宿を強いられていた。それでも頭領のジルはコッカトリスの脅威が無いだけマシと、豪快に笑っていた。
「今日はもう暗いから、明日、色々と試してみようと思う。……ミディアは?」
ジルが別の天幕を指差す。
「久しぶりに土の精霊の力を使ったせいか、疲れて寝てるよ」
精霊の力を使うのにも体力が要るのだろうか。そうすると、ミディアに頼り切りというわけにはいかないだろう。
「また、明日の朝、食糧と水を持って来るよ。じゃあ」
「ポレイト。お前が仕事を与えてくれたおかげで、
「いや、ハハ。いいんだよ。助け合いってやつさ」
引き
「こういうの、マッチポンプって言うんだっけ。なんだか嫌な気分だなぁ」
家に入ると、
不思議と、湯浴び場でも、今の状況でも、モナークに欲情はしない。これが長い夢だからなのか、それとも、種族が違うからなのか。
だが、ミディアの笑顔には、少し心が動かされた。単純に好みの問題か。
これが夢なら、いつまで続くのだろう。もし、これが死後の世界なら、この世界で死んだらどうなるのだろう。片瀬先輩はどうなったのだろう。
色々と考えているうちに、いつの間にか眠ってしまった。
◇ ◇ ◇ ◇ ◇
朝陽が昇り、家の壁の隙間という隙間から陽の光が入り込んできた。
「いつでもベヒーモスを吹き飛ばせるようにしておかないとな!」
ダークエルフの寝起きは良いらしい。
鎧の男が、警護所から出て来て、
「救世主よ。盗賊たちに物資を届けるが、荷台に乗って行くか?」
「じゃあ、お願いします。あと、途中でモナークを拾ってください」
土の精霊の力を見たかったと言っていたモナークを引き連れ、町の外に出る。
盗賊たちは馬車の荷台から食糧などの物資を取り、粛々と朝食の準備を始めた。この世界の盗賊というのは、なんだかおとなしいな。盗賊っていう名前のサークル活動みたいだ。
ジルが
「ポレイトの言っていた、魔物の
確かに、
ちょうど天幕から身体を伸ばしながら出てきたミディアに尋ねる。
「ミディア、これを全部分解、出来るか?」
彼女の顔が一瞬、ものすごく嫌そうな表情に変わった。すぐに気を取り直したようで、ぎこちない作り笑いとともに、諦めたような声で
「……役に立つ、私は役に立つ、精霊は役に立つ……」
大量の
「ひとおもいにやってくれ。ミディア」
「わ、分かった。集中するから静かにしててね」
モナークが、
そして、大量の魔物の