第25話 宿と酒場と火の精霊

文字数 3,125文字

 その巨大で重たげな(あお)い体を持ち上げるように、レッサードラゴンはその背から鋭く伸びる翼をバサバサと羽ばたかせ、上下に揺れながら遠くの空を横切っていく。雲間から漏れる光が、その巨躯(きょく)を照らしていた。

 (しげる)は口をぽかんと開けたままその光景を眺めていた。

「あれがドラゴン……。しかも、一番小さいって? それじゃあ、ディロスの言ってたオリハルコンの持ち主、デモンズドラゴンはどんだけデカいんだよ……」

 風の精霊が(しげる)の頭に乗っかって、珍しく真面目な声を出す。

『ドラゴンは石を食べるの。それも、鉱石を(この)んで。アレもどこかの火山の中の鉱石を食べて帰るとこでしょうね』
「どこに帰るんだろう。その巣に行けば、稀少な鉱石があるのか?」
『それは知らなーい。魔物の巣なんて、(くさ)くて近付きたくないもの』

 話している間にレッサードラゴンの姿はどんどん小さくなり、空を隠すように広がる鈍色(にびいろ)の雲へと吸い込まれるように消えた。遠くていまいち判然としなかったが、2世帯用の一軒家くらいの大きさはあるように見えた。
 ……あんなの、モナークでも傷ひとつ付けられないだろうな。

 じぃっとドラゴンを見ていたモナークが大きく息を()き、大股で歩き始めた。

「珍しいものを見たな。さあ、町へ急ごう」

 彼女もまた、ドラゴンの大きさに圧倒されたのか、緊張したような表情を浮かべていた。

 しばらく無言で歩き、町の外れにある簡易な木製の門をくぐる。

 夕暮れ前の時間だというのに、町の中では露天商が店を広げていて、果物や野菜を(かご)に入れて運ぶ人たちが道を()()っていた。建物が雑然と並んでおり、ぎゅうぎゅうと狭い場所に無理やり建てたような家屋も存在している。東京の下町みたいだ。

 町を知るランダが、宿泊所まで案内してくれた。

「この町で一番まともな宿だ。酒場の上に幾つか部屋がある。今夜はここに泊まろう」

 (しげる)は、荷物をディロスに預けたまま。モナークのバッグに至っては、その所在すら不明だ。

「俺たちは銅貨も銀貨も持ってない。仲間たちを探さないと」
「仲間って、あそこで驚いてる奴らのことか?」

 ランダの視線を辿(たど)ると、酒場の中からディロスとミディアが飛び出して来た。

「ポレイト、無事だったか!」
「モナークもいる! あと、風の精霊の光も見える。ワイバーンから逃げ切ったの?」

 ふたりが大騒ぎする姿を見て、(しげる)は苦笑いする。それでも、どんよりと心に(おお)いかぶさっていた不安が消えるのを感じていた。

「あとでゆっくり話すよ。今は少し休みたい。なあ、モナ……」

 (しげる)がモナークに声をかけようとした時、彼女は意識を失ったようにガクッと膝をついて、うつ伏せで地面に倒れてしまった。

 ◇ ◇ ◇ ◇ ◇

 力のあるディロスがモナークを抱きかかえ、宿の一室に彼女を運び入れた。寝床にそっと仰向けの姿勢で寝かせる。

 (しげる)は寝床の(ふち)に座り、彼女の様子を()る。単に眠っているだけのようにも見えるが、少し呼吸が荒い。(ひたい)に手を当ててみると、少し熱感がある。

「疲れたんだろうな。俺を助けるために翼の力を限界まで使ったみたいだし、その(あと)も少ししか休憩が出来なかったから。しばらく寝かせておこう」

 ミディアがモナークを()ていてくれるというので、(しげる)はディロスとともに1階の酒場で夕食をとることにした。

「ここの払いはワシに任せろ。そろそろポレイトも自分で稼ぐことを考えないとな」

 ディロスは王都にいた時の(たくわ)えがあるそうで、気前が()い。モナークのバッグはちゃんとミディアが町まで持ってきていた。モナークも少しの銅貨を持っていたはずだが、そもそもお金を払う機会はこれまで無かった。

「この世界では、どんな稼ぎ方があるんだろう」

 カサカサしたパンと焦げ目のついた何かの肉、それと野草のスープを食べながら、ディロスに()いてみた。
 彼は、肉を噛みちぎり、視線を泳がせて考える。

「うーむ……。ポレイトは色んな知識を持っておるが、ひと(ところ)に留まらないのでは稼ぎようもないだろうな。戦士ならば、あの吟遊詩人を守る者たちのように傭兵として働くことも出来るんだろうが」
「ランダたちは傭兵なのか? モナークは(ぞく)って呼んでたけど」
「彼らが(ぞく)なら、町の宿屋に泊まろうとはしない。なあに、そのうち本物の(ぞく)と出くわすこともあろうて」

 ディロスはカカッと笑う。酒を飲んでるせいか、やたらと冗舌(じょうぜつ)だ。

 酒場の奥でうたっていた吟遊詩人のアレックが、(しげる)たちのテーブルの席に着く。

「風の精霊はどこかに行ってしまったんですか?」

 そういえば、町に入ってからなんとなく近くにいる気がしていたものの、いつの間にやらその気配は消えていた。

「あいつが姿を現すのは、俺が本当に必要とした時だけなのかも。それか、町の観光でもしてるんじゃないかな」
「契約をしているわけではないんですよね。それなのに、精霊の姿形(すがたかたち)()られるなんて驚きです。風の里の魔道士たちでも、ぼんやりとした光でしか存在を知れないというのに」
「それは、あの精霊がひねくれてるからだと思う。でも、なんだかんだ助けてはくれるんだよ」
「……あ、その首飾り、また見せてもらえますか?」

 (しげる)は小さな石で構成されたネックレスをアレックに手渡す。

「この石には、強い加護が与えられています。貴方(あなた)はまだこの石の力を呼び出すことが出来ないんですね」
「それは、魔法? 魔術? みたいなもんかな。そんなの、俺のいた世界には無かったからなぁ」
「しばらくこの町に留まるのなら、少しは教えることが出来ますよ。精霊術士(エレメンタラー)になればもっと上手く風の精霊の力を引き出せるはず」
精霊術士(エレメンタラー)か……」

 正直、(しげる)はミディアの持つ土の精霊の力が欲しい。魔物の(フン)からセメントを取り出したり、地形を変化させる(ほう)が、なにかと便利じゃないか。

「土の精霊とは話せないのかな」

 アレックは首を横に振る。

「精霊たちは、別の属性の精霊と関わりたがりません。貴方(あなた)の近くに風の精霊がいる限り、他の精霊の姿を見ることはないでしょうね」

 テーブルに身を乗り出して、(しげる)はさらに(たず)ねる。

「精霊との契約ってのは、どうやってやるんだ? 契約すると何か()いことがあるのか?」
「本来は、契約して精霊の力を貸してもらうのです。もちろん精霊は術士の力を吸い取って、術士の依頼を叶えるわけですが……。あとは、今みたいに勝手にどこかへ行ってしまうことはないはずです。貴方(あなた)の風の精霊は、可笑(おか)しなくらい奔放(ほんぽう)ですね」

 (しげる)は今にも酔い潰れそうなディロスを見る。

「モナークが回復するまで、少しこの町に留まろうと思う。その間に、俺はアレックから術士としての手ほどきを受けるよ」
「ふむ。ならばワシは町で仕事を探すぞ。朝になったら町の斡旋所(ギルド)に行くとしよう」

 突然、(しげる)の周囲に風が吹いた。緑色の光が急速に集まり、風の精霊のいつもの小さな妖精姿が現れる。

『町の近くで火の精霊が彷徨(うろつ)いてる! 森が燃えちゃうよ!』

 その言葉をそのままアレックに伝えると、彼は席を立ち、ランダに報告した。
 ランダは血相を変えて、(しげる)に歩み寄る。

「ポレイト、火の精霊がいるってぇことは、魔物もそこにいるはずだ。サラマンダーあたりが山から下りて来たんだろう。町に近付けるとまずいぜ。建物が焼き払われちまうぞ」

 ランダは仲間たちに、町の斡旋所(ギルド)へ戦士や術士を召集するよう伝えに行かせた。彼はこわばった表情で小さく(つぶや)く。

「水の精霊術士(エレメンタラー)がいればなぁ……」

 ランダを先頭に、(しげる)とディロス、アレックは町外れへと向かう。
 そこには、暗がりの中でぼんやりと赤色に光る、爬虫類の化け物のような魔物がいた。息を吐くたび、口から小さな炎を出している。

 アレックが(しげる)(ささや)く。

「あれがサラマンダー。生まれてから死ぬまで燃え続ける魔物です」
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