12 ワンス・アポン・ア・タイム

文字数 4,203文字

 ご飯を食べ終わった後、先生が食器を片付けてくれているので待つことに。
 勉強机を眺める。最初は爪先でガリガリと削ってしまったけど、そのたびに板を変えて。
 今では傷つけないように本を読んだり、文字を書くことだって出来た。それが楽しかった。
 でも、この手で物を握ると、潰してしまうのがとってもやるせない……私は少しだけ悲しくなる。
 
(その手は破壊の手、ありとあらゆる物を圧壊する、王者の手なのだ)
(もうちょっと融通が効いてもいいのに。魔王はどうやってご飯を食べてたの?)
(ほぼ手づかみで豪快に食らっておった。どうせ、魔王の余を咎めるものはいなかったからな)
(私はそんなマネをするのはゴメンだわ……)

 シーンっと静まる夜間近。太陽の光は徐々に消え、星空が輝く夜が訪れる。
 私は耳をピンっと立てて、辺りを見回した。極力物を壊さないようにしてたから、比較的整理が出来ているわ。
 小さな本棚に、木製のハンガーラック。ふかふかのお布団に、木彫りの兵隊さん。小瓶には金平糖もあるのよ。
 お掃除はメイドさんがやってくれてるし、特に問題もなく。とても清潔だわ。
 
(余の力があれば、お前を一国の王にしてやれたのに)
(そんなの必要ないわよ。私はこれくらいの小さなお部屋で十分だもの)
(欲がないのも困りものだな)
(多くを求めたらだめよ。際限なく欲しくなっちゃうから。私は、ただ幸せに慎ましく生きられればいいわ)

 幸せを守るのはとっても難しい。それこそ、ガラス細工と同じだわ。
 幸せはとても魅力的で、とても美しいの。だから、私は幸せを望み続けたい。
 
「先生はあの時、私には荷が重いって言ってた……なんなんだろう」
(どうせろくなことにはならんだろう。しかし、お前は気高い魔王の娘なのだから。屈することはない)
「今更なにが来ようと、私はただやるだけ……」

 魔王としての使命は、人を殺すこと。それは倫理的には許されざることで、その者は死罪に処されるだろう。
 神様も、私の所業を見たら、まっさきに地獄に突き落とすはずだわ。

 でも、そうしなければ私に自由はない。そうしなければ、私には存在価値がない。
 魔王になってしまった以上、私は暴力からは逃げ出せないのだから。
 
「ミーシャ、戻ったよ」

「あら、先生。お早いのね」
「そうでもないよ。せっかくだから、紅茶を持ってきた」

 再度お盆を手にした先生。その上には銀色のケトルと、白磁のソーサラーに載せられたカップが2つ。
 私の手元にカップを置いて、ゆっくりと湯気だった紅茶を注いでくれた。
 
「お砂糖は入れるかい?」
「ええ、2さじ程お願いできるかしら?」

 ティースプーンですくった砂糖を入れてくれた。それをカチャカチャと混ぜ合わせながら、私のソーサラーにスプーンを置く。
 先生も同じように紅茶を注いで、砂糖を1さじ入れた。
 
「紅茶はとっても暖かくて美味しいわ。お砂糖の甘さで、気持ちが少し柔らかくなるの」

 先生が口元にコップのフチを付けてくれて、そこからズズズと音を立てて飲む。少しお下品ね。
 舌にほとばしる熱さ。普通ならやけどしちゃうかもしれないけど、私には特に痛みを感じない。
 味を冷静に堪能できる分、良さが分かっていいのよ。


「先生、お話を聞かせてもらってもいいかしら?」
「……そうだね、何から聞きたい?」


「先生の過去を知りたいわ。私、先生のこと、あんまり知らないんだもの」

 時折、先生が懺悔のように語っているのは覚えている。それだけ、先生にとって咎になっていることなのかしら。
 
「僕は自分の事を話すのが苦手でね……うん、大丈夫だよ。しかし、何から話せばいいのやら」
「先生のお家のことを教えてほしいの」
「分かった。とりあえず、順序立てて説明するね」

 先生は少し頭を捻り、そしてぼつぼつと語りだした。
 
「僕は貧乏貴族の出身でね、お金も領地もない名ばかりの家だったんだ。
 父親は病死して、残ったのは母親と妹だけ。生活も困窮を極めてて、けっこう大変だったんだ」
「そうなんだ……」

「でも、ある時、妹は勇者候補生として選ばれたんだ。非常に優秀な子でね、僕なんかよりもずっと立派だ」

「勇者って、対魔王連合の資格の1つでしたっけ」
「そうだ。勇者は外交特権を持ち、中立である対魔王連合の意志で動く。
 主に魔物の駆逐、平和維持などで活躍する名誉職さ」
 
 魔王の私にはなんとも歯がゆいような。でも、妹さんは先生にとって誇りなんだろうね。
 
「今は新大陸で先住亜人種と戦っているよ。時たま手紙をくれてね。最近だとそれもなくなっちゃったけど」
「便りがないのは元気な証拠、ですか?」
「ああ、そう信じたいね。
 話を戻すけど、妹のおかげで我が家の財政面はマシになったんだ。
 僕は元々勉強が好きだったから、国立大学の教授になった。そこで哲学を教えてた」
「教師に向いてるもの、先生」
「大学でね、僕は秘密倶楽部を作った。

 急進派共和主義のアカデミア派をね」
 
 前から出てくるアカデミア派という言葉。たしか、今の与党はアカデミア派って言ってたわね。
 
「最初は僕たちは気高い革命の精神を持っていた。
 市民を苦しめる圧政に抗うために、その準備をしてきたんだ。

 全ての人間が自由に意見を話し、お互いに協議を重ねて1つの国を作る。そんな夢を」
 
「先生、そのアカデミア派は、今は粛清で沢山の人を殺していると聞いたことがあるわ」
「意見が食い違う人を粛清して、反政府的な人間を殺していく。それが、彼らにとって政治を支えるものだと思っているんだ。
 ギロチンという、人を簡単に処刑できる道具が出来たのも大きいかもしれない。
 そのせいで、人間は人を殺すことにためらいもなくなってしまった」
 
 ギロチンは首を切る処刑方法だと聞いたことがある。痛みが極力少ない、人道的配慮の処刑。ってことらしい。
 
「僕は元々、人に教えることが好きだったから、政治家への道は進まなかった。
 自分は意気地なしなのが嫌でたまらなくて。軍人になることを決めたんだ。
 最初は少佐として扱われていてね。革命の精神を兵士に教えるための政治将校として派遣された」
「いきなり少佐に任命されるだなんて、ちょっと違和感を感じちゃう」
「国民公会は僕のような、地位がそれなりに高い人を上官にすることが多かった。
 ゲクラン少佐を見ただろ? だらしなく、威張り散らすあの人も、元は弁護士だったらしいよ。
 もちろん、軍事訓練すら受けていない」
 
 そういう事だったんだと、ちょっとしたカラクリを私は知った。
 
「僕が所属したのは、懲罰大隊。犯罪者が刑期を短くするために兵役を課された部隊だ。
 もちろん、彼らは常に最前線で戦わされ、捨て駒のように扱われていた。
 僕に指揮をする能力はまったくなくてね。才能がないってリーダーに言われたことがあったくらいだ」
「確かに、先生にそんな感じが……ごめんなさい! 別に、先生をけなしたいわけじゃないの」
「本当のことだから気にしてないよ……じゃあ、僕に何が出来るかって、やっぱり教えることだった」
「どんな事を教えていたの」

「読み書きや、数学。哲学や神話について。ありとあらゆる事を教えたんだ。
 彼らは基本的に荒っぽく無学で、少しでも知恵を付けて欲しかった。啓蒙と言うのはちょっと、おこがましいかもしれない。
 あとは、代筆で手紙を書いてあげて、それを故郷に届けてあげたりもしたんだ」
 
「なんだか、先生らしいわね」

「その御蔭で、僕は味方に殺されなかった」

 どういうことなのかしら。敵じゃなくて、味方に殺されるだなんて。
 
「無能な指揮官は、部隊を危険に晒すことがままある。なので、そういうやつはこっそり殺しちゃうんだ。
 そのことを笑いながら彼らは語っていてね。戦争の世知辛さを教えられたのさ」
「軍隊ってそういうところなのね。先生は、人の良さで助かったと」

「うん、正しくそれだった。でも、ある時、懲罰大隊に本営から死守を命じられたんだ」

「死守……全滅しても守り切るってこと?」
「要するに捨て駒だ。味方が撤退するまでの殿を任された。
 僕も含めて、その任務には理不尽さを感じていたんだ。たとえ犯罪者だからといって、彼らも人間だ。

 だから、僕は彼らを助けるために命令違反をすることにした」
 
 それが、あのゲクランという人が言っていた罪なのかしら。
 
「要は味方が撤退するまでの時間を稼げばいいだけだ。

 僕は全ての責任を負い、彼らに命を守りながら任務をこなすように指揮を取ってもらうことにした。
 犠牲は出たものの、なんとか全滅せずに僕らは任務をやり遂げたけどね。
 その命令違反で、僕は少尉まで位を落とされたってわけさ」
「せっかく任務を達成できたのに?」
「本当は軍事裁判ものだったからね。位を落としてもらっただけでもありがたかった」
「そう、だったんですね……」

「けれど、悪いことばかりじゃなかったんだ。だって、ミーシャと出会えたんだから」

 そうか、先生は少尉に落とされたから、こうやって私の面倒を見れる身分になったんだわ。

「私も、私も先生と出会えて良かったです!」
「僕もだよ。僕はね、教えることがとっても好きだ。
 懲罰大隊でも教師をやっていたことから、セリュリエ大佐に見初められてね。
 可愛くて素直で良い子にお勉強を教えられたのは、今じゃ最も誇らしいことだと思うよ」
 
「私、本当に先生の教え子になれて良かったです」

 本心をそのまま率直にぶつけると、先生は小さく恥ずかしそうにはにかんだ。
 けど、私はまだ聞きたいことが1つだけあったの。
 
「ねえ、先生。1つだけ聞いても良い?」
「なんだい?」


「先生にとって自由ってなんなんでしょうか?」


 多分、私が最も聞きたかったのは“自由”についてだったのかもしれない。
 私自身も何が“自由”なのかは分からない。今を楽しく生きていることが“自由”だと思ってる。
 けど、先生は“自由”というものをどう扱っているのかしら?
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