13 自由の歌

文字数 4,285文字

 私にとって、自由は今このときだと思う。何者にも束縛されず、自分の好きなように生きる。
 けれど、私はその代償に人を殺さなきゃいけない。等価交換としては、人間には重すぎると思うの。
 だから、私は先生が自由についてどう考えているかを知りたかった。
 
「人間は元々、生まれや育ちで縛られていたんだ。それだけで、人間の価値が決まってしまう。
 僕はね、それがとても嫌だった。沢山の人が息苦しく生きなきゃいけない現状に我慢ならなかった。

 じゃあ、自由ってなんだって。僕は、人権が平等にある社会が最も自由なのではって考えたんだ」

「先生は、貴族も王族も、平民も奴隷も。全てが同じ価値を持つ命だって言いたいのかしら?
 私は公爵家の子供として生まれたから、あまりその意味が分からないかも。
 でも、そうやって自由を作ろうとしたのね」
 
 優秀な人間、高貴な人間。それは、神様が与えてくださったものだと、聖書には書かれていたわ。
 王権神授説。神が私達を神様の代行として、この地を統治するように命ぜられた。
 でも、先生はそれをあっさりと否定するの。どうしてなのかしら?
 
「この世界は神様が作ったものなのかもしれない。けれど、それだけで物事を考えていると限界なんだ。
 科学的根拠に基づいて、人間は理性的に物事を考えなきゃいけない。迷信を捨てなきゃいけない。
 フランク共和国は、理不尽な差別や偏見から抜け出て、沢山の人が平等に笑える国を作ろうとしている」

(夢想家だな。この男は、大真面目に理想主義を唱えている。主義者らしい浅はかな者だ)

「そのために、理性の妨げになる宗教や、特権階級を全て取り払い、新しい世界を作るつもりだ」

「宗教を信じなければ、だれが道徳を教えてくれるのかしら?」

 イリアス教はエウロペ大陸中で信仰されている宗教。その教えは絶対だと、みんな学ぶはず。
 道徳、倫理はイリアス教の教えによって支えられているんだと私は思ってた。

 ご飯を食べるときは感謝しよう、人を殺したり盗んだりしてはいけない、謝罪は素直にするべきだ。
 
 人間が犯してはいけないことを聖書には書かれている。だから、みんな悪さをしないように頑張るのだわ。
 それすら無い社会に、道徳というものはあるのかしら?
 
「理性だ。人間の道徳は、科学的根拠を基に作られるべきなんだ。
 特権階級の聖職者は自分の都合の良いように教えを変える。宗教を理由に脅したりする。
 なら、僕たちが理性によって、合理的な道徳を作っていかなければならない。
 
 けどね、それもまた、上流階級の都合の良いように作られているんだ。
 
 どうあがいても、人間は自由に生きるのが難しいね。だから、極力自由に生きられるようにしなきゃいけない」
 
 極力……私は、先生がどういう社会にしたいのかははっきり分からなかった。
 でも、先生は人が変わったみたいに、自分の主義主張を話している。これが、主義者、なのね。
 
「アカデミア派はそういった考えをもって、作られた派閥なんだ。ただ、過激すぎた。
 王政を廃止し、王や貴族を粛清して。そうやって、共和制には不必要なものを省いていった。
 これは、僕には予期し得なかったことだけど、市民がそれを選んだんだ」
「野蛮だわ、非常に野蛮だわ! どうして、王様を殺してしまうの? 王様は、神様に選ばれた存在よ?」
「ギロチンに王が処刑された時、彼はまごうことなき人間だった……同じように血が流れる人間なんだ」
「不敬だわ……先生がそんな人だったなんて」
「……僕も、王を処刑するのは間違っていると今でも思う。でも、それはね。国民が、市民が投票で選んだんだ。
 それが、自由。なのかもしれないね」
 
 あまりのことに、私は絶句してしまう。市民が、王様を殺したいと願っていることにも。
 そして、それに先生が深く関わっていることが、とても残念に思う。軽蔑すらしてしまう。
 
「空を飛ぶ鳥が自由だと思うかい?」
「え、ええ。私はそう思うわ。だって、お空を飛んでいる鳥を咎めるものはいないわ」
「自然の中で生きる野生の動物はどう思う?」
「自由に生きてると思います」

「人間とは違って、鳥や動物は自分の身を守る義務が生じる。簡単に食い殺されることだって多々ある。
 自由だからこそ、自分に対して全ての責任を負わなくてはならないんだ。
 完璧な自由とは、全てにおいて理不尽で残酷な現実を受け入れることなんだよ」
 
「人間は、社会が守っているってことですか?」
「社会は市民に対して自由を与える代わりに、市民は社会に対して貢献していく。
 そのなかで、人が平等に生きることができるのなら、それに越したことは無いと思うんだ」
「王政では、ダメなんですか?」
「王党派の人たちは、国家元首に王を添えて、市民たちが政治を牛耳るようにしたい。
 でもね、王や貴族の腐敗は国家を蝕み、財政を破産寸前にまで追い込み、国家を滅ぼしかけたほどだったんだ。
 なら、王を変える必要があったと。王や貴族を殺して市民の国にするべきだと思った人が沢山いる」

「お父様も、お母様も、お兄様も、妹も。それで殺されてしまったんですか?」

「……誰かが、犠牲にならなければ勝ち得なかった。まだ、人間はそこまで賢くないんだろう」
「ひどい……ひどすぎるわ」
「圧政の中で、民草はもっと奪われてきた。命を軽視され、貴族によってゴミのように扱われた命はいっぱいある。
 奪い返すのは違うかもしれないけど、そうしなければ帳尻が合わなかったんだ」
「私は貴族の娘だったから、その気持があんまり分からないの。むしろ、腹立たしいくらい」
「ああ、すまない……だが、この世の中はそうなってしまった。残酷で無責任だが、受け入れるしか無いんだ」

 簡単に言っちゃうのね、そういうこと……私は、なにが正しいのかまったく分からない。
 どうして、私の家族が犠牲になっちゃったんだろう。私の家族は……
 
「先生。先生はもし、王様や貴族が市民と同じ平等な存在になったら、それはいいってことなの?」
「そうだね。平等に権利を有してくれるのなら、それは立派な市民だ。
 同じテーブルで、一緒にコーヒーを飲み交わすことができるのなら」
「だれかが、だれかを支配すること。粛清することは酷いことじゃないの?」

「とても酷いことだと思う。自分と意見が対立する人を話し合わずに、一方的な暴力で命令しようとする。
 これは、共和制の主義にも反するし、一番やっちゃいけないことなんだ。
 だから、僕はアカデミア派を作った自分を誇りに思う半面、今はとてつもない罪悪感に襲われているよ」
「先生は、どこか冷たい感じにお話をすることがあるわね。それは、諦めちゃってるからなの?」
「………激流を止めるには、1人では出来なかった。種を蒔いたのは僕なのにね。
 でも、僕に出来ることは、自由を教えることだと思ってる。懲罰大隊の兵士にも、ミーシャにも」
 
 平等という言葉が、私には分からない。同じ人権があっても、能力や環境の差で優劣がついてしまう。
 それでも等しく同じ自由があるのなら、少しだけ世界は優しくなれるのかもしれない。
 
 
「魔王の私にも、バケモノの私にも。先生は同じ人権があって、自由に生きる権利があると思うの?」


「ああ、そうだ。ミーシャにも人として生きる権利があるんだ! それを、僕は伝えたかった。
 いっぱい、幸せを作って。いっぱい、自分の好きなことが出来るようにしてあげたい。
 でもね、自由の対価には、社会への奉仕が必要なんだ。
 人を殺さねばならないのが対価であることは、非常に業が深いことだと思う……それに対しては、僕は反論が出来ないよ」
 
 私は、私の自由とはなにかを改めて知った。今までの生活は、私がやるべきことと比例しているのだと。
 そう、魔王の私は好き勝手生きることだって出来る。魔王の力を振りかざし、人を屈服させることも出来るだろう。
 けど、その暴力の果てに何が残るというのか。私が作ることが出来るのは、何も存在しない荒野だけ。
 私はそうはしたくない。人間として、人間の社会で、人と手をつなぎ合わせて。人並みの生き方がしたい。
 
「籠の中の鳥みたいね、私は。でもね、その小さな籠の中で得た幸せは否定できないし、嬉しかった」

「ミーシャ……」
「それに、私。魔王に取り憑かれてなければ、貴族として殺されていたんでしょ?」
「可能性としては高いかもしれない」
「私は魔王になったから粛清されずに済んだ。でも、魔王の力は恐れられて、みんなから嫌われてしまう。
 でもね、このお館に来てから、私は人間として認められたことが嬉しくてたまらなかった」
 
 その気持はやけっぱちなのかもしれない。でも、本当なのかもしれない。
 魔王の体に何度も恨みや憎しみを持ったことがあるけれど、今はこうやって受け止められる。
 世の中がそうなってしまったのなら、もう過去に戻ることは出来ない。

 なら、私は今の自分が本当に幸せだと思うから、この偽りの世界の中でも自由を愛したいと思った。
 
「土曜日、それが最後の自由時間なのかしら?」
「ああ、そうだよ。日曜日にはこの山を降りなきゃいけない」

「なら、せっかくだし2人きりでピクニックがしたいわ。あの丘の上で、お日様にあたって、穏やかに遊ぶの」

「こんな僕でもいいのかい? 僕は―――」
「あら、マドモワゼルをこんなところまで引き連れた殿方が、無責任なことを仰るんですね」
「まるで僕が誘拐してきたみたいな……」
「こんなにもか弱い乙女を誘拐して、さぞご満悦でしょうね! 先生!」

 先生は私のもとにかしずいて、手を胸に当ててニッコリと微笑んだ。
 
「白馬の王子様ではないけれど、僕は君をさらってみせた。
 マドモワゼル、どうか私めのなけなしの勇気を認めてはいただけないでしょうか?
 そのかわり、僕はあなたを幸せにしてみせます」
「その言葉、私はしっかりと記憶に焼き付けました。
 先生。私の思い出は、たとえどのような悲劇が待っていたとしても、それは凛然と輝くものなのでしょう。


 だから、私は魔王としての責務を果たしたく思います。
 先生。私は、誰を殺せばいいのでしょうか?」
 
 
「僕たちと同じ……フランク国民だ」
 
 
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