11 Believe

文字数 3,684文字

 一度寝ると、気持ちが落ち着く。頭の中で何度も繰り返した悩みも、シクシクと泣くことで少し楽になった。
 それは魔王だから暴力に慣れてしまったのか、人間として諦観してしまったのか。定かでは無いわ。

「うーーんっ……ふぁぁ」

 ベッドでぐっすりと眠り終わった私は、腕を伸ばしてストレッチをする。
 両手の影響であまり寝返りが出来ないから、体が凝ることが多いの。
 
「とってもスッキリしちゃった……すっと思い悩んでいたのに不思議だわ」

 お空は夕方になっていて、茜色のお空が澄み切っている。稲光を交えた暗雲を呼んだ時とは違うわ。
 指でお目々をこすり、小さくあくびをする。眠気が少しだけあるけれど、ベッドから立ち上がった。
 
「ご飯を食べなきゃいけないけど、みんなとどうやって接しればいいのかな」

 私のことをみんな怖がっていた。その表情が頭の中から離れたなくて、歩き出せない。
 きっと、私の顔を見たら、またびっくりしちゃうかもしれない。怖がらせちゃうかも。

「振り出しに戻っちゃったのね。私が全てご破算にしてしまったから」

 壊すのは大得意だわ。だって、魔王だもの。悪い子なんだもん。
 今まで築き上げた信頼も、割れたガラスのように飛び散ってしまった。とても綺麗で脆いグラスだわ。
 
「先生は……私のこと、嫌いになっちゃったのかな」

 今までずっと私に付きっきりでいてくれた先生。私のために理不尽な暴力を受けた優しい人。
 あの人には嫌われたくない。そう思えるようになったのは、私が先生の事が好きだからなのかもしれない。
 
『恐ろしいと思う。ミーシャが破壊の限りを尽くしたときに見せた、愉悦の表情が頭の中にこびりついてる』

 やっぱり、私のことが怖いのね……それも仕方がないことだって分かってる。
 先生の言葉が何度も繰り返し聞こえて、呼吸が苦しくなってきた。
 

「ミーシャ、ご飯持ってきたよ」
「先生……」


 3回、ノックの音がする。偶然にも思い悩んでる時に、先生が私の部屋にやってきた。
 そういえば、夕飯の時に起こしてくれるって言ってたわね。
 どうしよう、何も準備ができてないわ。早くなる鼓動に胸を抑えながら、私は返事をする。
 
「入ってきて大丈夫です」

 ドアノブを回す音、金属音が小さく鳴り響く。先生が持っているトレーが先に入ってきた。
 このトマトが効いた匂いは、スープかしら。それともスパゲッティ?
 入るやいなや、先生は私に視線を合わせてくる。でも、私はすぐに顔を伏せてしまった。
 
「多分、食堂じゃ食べづらいと思ったから、持ってきたよ」
「ご配慮、ありがとうございます……」

 私のちゃちな考えなんて、大人の人にとってはお見通しなのかもしれない。
 先生はやっぱり、先生なんだろう。生徒の状況を判断して、教えることが出来る人なんだわ。
 
「そこの勉強机で食べようか。体調は、大丈夫かい?」
「ええ、大丈夫です」
「ご飯、食べられる? 無理しなくてもいいよ」

 きっと不安で喉が通らないと思ってくれているのかもしれない。昔の私ならそうかもしれない。
 私はすくっと立ち上がり、勉強机の椅子に座った。背もたれと座席に、えんじ色のビロードのクッションが貼られているの。
 
「先生、私のお腹は正直者みたい。ペコペコだわ」
「そうか、それは良かった。ご飯を食べるのはとっても大事なことだよ」

 お腹を擦る私の顔を見て、先生は優しく微笑む。
 トレーを私の目の前に置いてから、先生も私の隣に椅子を引っ張ってきてから座った。

「お腹に良いものを作ってもらったんだ。トマトリゾット。オリーブオイルとブイヨンも効いてて美味しいよ」
「ベーコンときのこも混ざってる。なんだか、匂いを嗅いでいると、もっとお腹が空いちゃったわ」

 ぐぅう~~っとお腹の音が鳴り響く。
 無意識に出ちゃったものだから、私は少し恥ずかしくなってしまったわ。
 口の端からも少しだけよだれが出ちゃって。ああ、なんてはしたないのかしら。
 
「食べさせてあげるから、ほらお口を開けて」
「……自分で、食べます」

 それは意固地になっちゃったというか。私は、自分だけで生きていきたいと思ったからなのかも。
 依存するんじゃなくて、自分で立って歩きたい。迷惑をかけたくない。甘えちゃダメだって。
 
「うぅ、ううう……もっと、優しく掴めば」

 指の腹で頑張ってスプーンの柄を掴む。ちぎらないようにゆっくりと、お米をすくう。
 お匙を握るのはとっても難しい。
 服を着るとか、ページをめくるとか。そういう単純なのは出来るけど、こぼさないように食べるのは難しい。
 微細な力加減ってとっても難しくて、手が震えちゃう。大丈夫、落ち着いてやれば―――
 
 ガキンッ!!
 
「あ、あああ。また、また壊しちゃった」

 ちぎられた半分のスプーンがリゾットの上に沈み込む。
 赤く汚れてしまったスプーンを見て、私は自分の不器用さに呆れてしまった。
 
「先生、私は物を壊すだけしか能がないのかしら」

 両方のスプーンをつまみ、リペアの呪文を唱える。ねじ切れた切れ目が繋がり、元のスプーンに戻った。

「また戻せばいいって問題じゃないと思うの。壊したことが、とても辛いの。
 下品だけど、スプーンを握って食べてもね、握りつぶしちゃう。多分、手のひらには強い呪いがかかってるからだと」
「あらゆるモノを切り裂く力だったね……ミーシャ、気に病むことはないよ」
「慰めはよしてちょうだい! 私は、私はもっと優しくなりたいんです。でも、ダメなんです」
「十分、ミーシャは優しい子だよ」

 その優しい声が、私をどれだけ惨めにしているのか。先生は分かっていない。
 カチンときてしまって、私は大声で叫んだ。


「嘘だ!!」


「嘘じゃないよ……ミーシャはあの時、怒るのをやめただろ? だから、悪い子じゃないんだ」
「嘘だ、嘘だ、嘘だ!! 先生、あの時私になんて言ったか覚えてる? 私の事が怖いって!!」
「怖いのは本心だよ……あれだけの力を見たら、誰だって怖がる。
 どんな大魔法使いでも、山を一撃で壊せるような雷は使えない」

「先生だけには、私のことが嫌いにならないで欲しかったのに!!」
「僕がいつ、ミーシャのことが嫌いだって言ったんだ?」
「え……」

 確かに、先生は私のことが嫌いだと言わなかった。ただ、怖かったと。
 でも、怖いってことは、私のことが嫌いってことじゃないの?
 
「そうだね……ミーシャ、お手手借りるよ」

 先生が私の大きな右手を持ち上げて、そしてそれを顔に押し付けてしまった。


「だ、ダメよ先生。そんな事をしたら、顔を切り刻んでしまうわ!」


「ミーシャ、今とっても怖い?」
「やめてったら! お願い、先生やめてよ!!」

 手を引こうにも、もしかしたら先生を握りつぶしかねない。だから、私は不用意に動けなかった。

「僕もね、とても怖いんだ。もしもの時っていうのはあるかもしれないしね」
「嫌だ、先生の事を傷つけたくない! お願いだから……先生やめてよ」

「ミーシャ、怖いってことは嘘が付けないんだ。誰だって、怖い一面はある。
 それを飲み込んで、人を信頼することも出来るんだよ」
 
「やだよぉ……先生、嫌だ」
「ごめん、ごめん。顔を引き離すね」

 持ち上げた私の手から、先生は距離を取る。お顔はどこも傷ついてなくてよかった。
 そして、そのお顔でニコって笑い返すの。
 
「ミーシャ、君のその感情。それはまごうことなき優しさなんだ。
 怖いから、ミーシャは怯えていたんだろう? それが、人間の反応なんだ」

「先生、本当に私のこと嫌いにならなかった?」

「ああ、僕はミーシャが好きだよ。どれだけ恐ろしい力を持っていても、ミーシャは優しいままなんだから」

「……私、本当に怖かったんです。先生から見放されないかって。先生の頭を潰しちゃわないかって!!
 二度と、あんなことしないでください……握りつぶしたら、私の心臓も同じように潰されてしまうわ」
 
 ごめんよって、頭を優しく撫でてくれる。私は気が緩んじゃって、少しだけ泣いちゃった。
 本当に、本当に私は心配したんだから。先生のバカ!
 
「さあ、暖かいうちに食べようか。ほら、大人しく、僕が食べさせてあげるから」
「分かったわ先生……」

 お口を開けて、先生が運んでくれたリゾットを咀嚼する。モグモグと口を動かしながら味わった。

「美味しいわ……」
「それは良かった……食べ終わったら、大事な話がしたいんだけど」

 先程までとは違い、先生はとても真剣な面持ちで私を見るの。本当は辛いのかな。
 
 
「週末、日曜日にミーシャは戦いに行かなきゃいけない。
 それまでに、ミーシャがやらなければならないこと。そして、僕の過去を聞いて欲しい」
 
 
 
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