02

文字数 860文字

 *

「シーキーさん!」
 明るい女性の声が、密度の濃い無意識をあっさり突き破って、言葉の輪郭をなす。それと同時に、肩から背中にかけて密かに存在していた温度が一気に失せた。なんて不快要素の満載な瞬間だ。つまり、俺は強制的に起こされたのだ。
「…………んだよ、」
 不機嫌任せにそう呟き、薄目で断絶していた世界へなんとか繋がりを持ってみると、奪ったタオルケットを持ってニコニコしている女性がいた。アイさんだった。そのタオルケットを見て、恐らく昨夜はまたも机の上で寝落ちていただろうことを悟った。寝ようと思って机では寝ないのだから、肩にタオルケットをかけてくれそうな人など、彼女を除いて他にはいない。
「シキさん、朝です! 起きましょう、ご飯食べましょう、外に出ましょう!」
「……あのねぇ、アイさん。君、俺がどんな人間か分かってる?」
「当たり前じゃないですか。夜行性だから朝に弱くて、基本的にご飯はあんまり食べなくて、無駄にエネルギー消費するのが嫌だから外には出ないという、本当に面倒臭がりの塊のような人間ですよね! シキさん」
「……中々言ってくれるじゃないか。確かに合ってるけども」
「ほら、早くご飯食べますよ。頑張って作ってるんですから、残すのはいいけど食べないなんてことは許しません」
「君も本当に強引だ。どうせ俺に拒否権なんてものは最初からないんだろう、アイさん」
「ふふ、シキさん何だかんだで優しいんですから」
 彼女のそのふわっとした笑顔を見たら、朝がやってきたことに対する怒りなど、すっかりどこかへ行ってしまった。アイさんが、きちんと思って行動してくれているのを分かっているからだ。
「で、今日はどこに行くつもり?」
「少し歩くんですけど、川辺の方でお花が咲き始めたらしいんです。それを見に行きましょう」
「川辺って……また結構歩くな。ほんとアイさんって俺のこと分かってるよ」
「嫌味ならありがたく受け取ります。ほら、歩くためにもまずはご飯です!」
「はいはい、分かったよ」
 わざと諦めを少し混ぜた、幸せな返事が小さな空間に静かに溶ける。
ワンクリックで応援できます。
(ログインが必要です)

登場人物紹介

登場人物はありません

ビューワー設定

文字サイズ
  • 特大
背景色
  • 生成り
  • 水色
フォント
  • 明朝
  • ゴシック
組み方向
  • 横組み
  • 縦組み