第22話 正義の味方の噂

文字数 3,330文字

 夏休みも終わり生徒たちも授業になれてきた頃。私立蓮華(れんげ)中学校二年二組で事件は起こった。

「何だよ。嘘つき!」
「何だとっ!」

鈴木(すずき)圭一(けいいち)香川(かがわ)(とおる)は喧嘩をしていた。もみ合っている二人が近くの(しょう)にぶつかりそうになるのを海戸(かいと)が押しもどす。

「あいつら、何で喧嘩してんだ」

海戸(かいと)は珍しそうに二人を見る。

「うわあ!どうしよう」!

(ゆう)はおろおろしていたが、どこか楽しそうだ。

「とめないといけないと思うけど」

(しょう)は二人を見守った。委員長の菊池(きくち)竜彦(たつひこ)がやめるように言ったが喧嘩はとまらない。

「何をしているっ!やめないか!」

担任の大原(おおはら)大吾(だいご)の大声に教室が静まり返った。

「ダイダイが怒った」

と、(ゆう)

「そっちに驚くな」

と、海戸(かいと)

「何かあったのかな」

と、(しょう)。三人は顔を見合わせた。

「やめなさい。一体どうしたんだ」

圭一(けいいち)(とおる)大原(おおはら)の迫力に押され大人しく喧嘩の原因を話した。

圭一(けいいち)がいつもの嘘をついたから」
「嘘じゃない!」
「嘘だろ。正義の味方なんているかよ」
「やめなさい。二人とも職員室に来なさい」

大原(おおはら)圭一(けいいち)(とおる)を職員室に連れて行った。三人が出て行くとすぐに教室は騒がしくなった。

「ちょっと何あれ」
「あのダイダイが怒ったよ」
「急にやる気出して、どうしたんだ」
「もしかして、これから熱血教師?」
「げー!」

(しょう)海戸(かいと)(ゆう)は、ほかの生徒たちとは別のことを話していた。

香川(かがわ)君、『正義の味方』って言ってたよね」

と、(しょう)

「また例のつくり話だろ」

と、海戸(かいと)

「でも圭一(けいいち)、あんなに怒ってたぞ」

と、(ゆう)
海戸(かいと)は眉をよせて、ふたりを見る。

「……まさか信じるのか?」
「なあ、確かめてみようぜ!圭一(けいいち)だって、たまには本当のこと言うよ」
「それってフォローになるのか?」
「なあ(りゅう)ちゃん、そうだよな!」

(ゆう)は横の席にいる竜彦(たつひこ)に話しかけた。竜彦(たつひこ)は参考書から顔を上げる。

「何が?」
「『正義の味方』の話」

竜彦(たつひこ)はため息まじりに答えた。

「どちらでもいいよ。嘘をついていなくてもついていても僕には関係ないよ」
(りゅう)ちゃん、委員長じゃん」
「そこまで面倒見きれないよ」

竜彦(たつひこ)は、ふう、と大きく息を吐き冷静さを崩さずに続ける。

「喧嘩は当人たちの問題。『正義の味方』の真似をしているだけの人ならいると思うよ。まさかテレビに出てくる人のことを言ってるわけじゃないよね」

竜彦(たつひこ)は参考書に目線をもどす。
(しょう)竜彦(たつひこ)の言う通りかもしれないと思った。

「確かめてみるか」

海戸(かいと)が言った。
(しょう)は目をぱちぱちとさせ、(ゆう)は手を叩いて喜ぶ。

「本当にいたら面白そうだろ?」
「さすがにテレビに出てくるような人はいないと思うけど」

(しょう)は意外そうに海戸(かいと)を見ている。

「別にただ真似をしている人でもいいだろ」
「急に乗り気になったね」
「俺はひねくれものだから」
「やーい!ひねくれもの」

(ゆう)海戸(かいと)をからかった。

 放課後。町を歩く人々は皆、足早に通り過ぎていく。その中をのんびり制服姿で歩く三人はどこか浮いていた。
(ゆう)が頭の後ろで手を組みながら、ぼやく。

「大人って余裕ないな。なんでみんな難しい顔してるんだ」
「色々あるんだろ」

訳知り顔で言う海戸(かいと)(ゆう)が笑いながら小突く。
(しょう)はあたりに目を配りながら言う。

「どうやって見つけたらいいんだろうね。正義の味方」
「その辺の人にきくわけにもいかないしな」

三人は足を止めて話し合った。

鈴木(すずき)君が正義の味方を見たってことを香川(かがわ)君に言ったんだよね」

(しょう)が指折り数えながら言う。

「すごい喧嘩だったな。ダイダイかっこよかった!」
「喧嘩の原因が香川(かがわ)君に嘘つきって言われたことだよね」

海戸(かいと)が頷く。

鈴木(すずき)はつくり話ばかりするな。いつもは嘘だって言われても、うまい具合に話をつなげる」

(ゆう)がはいはいと手をあげる。

圭一(けいいち)、すごい怒ってたぞ」
「いつものつくり話にしても信じるには無理があるだろ」

よりによって「正義の味方」、と海戸(かいと)は笑いをふくんだ声で言う。
(しょう)がうーん、と腕組みをする。

「正義の味方なんているのかな」

しばらく話し合い三人は「正義の味」はいない、という結論に達した。

「あ、ごめんなさい」

歩いてきた男が(しょう)にぶつかった。頭を下げる(しょう)を男はにらみつける。

「どこ見てんだ。気をつけろ!」
「ごめんなさい」
「ただ謝れば済むのか。ちょっと、こっちに来い」

男が(しょう)の腕をつかむ。

「謝ってるだろ。離せよ」

海戸(かいと)が男の手を押さえてにらみつける。

「何だと!このガキ!」
「怖くねぇよ、おっさん」
「そうだ!そうだ!」

(ゆう)がはやしたて海戸(かいと)と男はしばらくにらみあった。男が(しょう)の腕を握り締める。

「……痛いっ。放してください」

海戸(かいと)が男のすねを蹴りつけた。

「痛っ!」
「逃げろ!」

海戸(かいと)が男を突き飛ばし三人は走り出した。走る三人の前に背広姿の男が横道から出てくる。

「うわっ!」
「ごめんなさい!」

背広の男は驚いて鞄を落とした。

「どうしたんだい?」
「ごめんなさい」

問いかけるその男に答えずに三人は走った。


「──行き止まりだよ」

三人の行く手はフェンスにさえぎられていた。

「乗り越えればいいだろ」
「ここまで追っかけて来てないよな?」

(ゆう)が後ろを振り返る。男は追いかけてきていた。

「このガキどもが」
「また兄貴に怒られるな」

男は三人にゆっくりと歩みよってくる。

「どうしたんですか?」

声に目を向けると男の後ろに先ほどの背広姿の男がいた。

「関係あるか。向こうへ行け」
「その子たちが何かしたんですか」
「向こうへ行けと言っただろう」
「まあ落ち着いてください」

背広の男は上着の内側に手を入れる。

「私はこういうものです」

背広の男から何かを見せられて男が目をむく。

「いや、何でもありません」

男は慌てて立ち去っていった。

「正義の味方だ!」

(ゆう)が目を輝かせる。

「まさか」
「あの、何を見せたんですか」

(しょう)にきかれ背広の男は警察手帳を見せた。

「私は警官なんだ。大丈夫だったかい?」
「はい」
「正義の味方か。嬉しいな」

警官は笑う。

「危ないことをしないようにね。気をつけて帰りなさい」
「ありがとうございました」

警官に礼をいい三人は帰ることにした。


 帰り道。夕焼け空の下を三人は歩いていた。

「『正義の味方』は警察か」
鈴木(すずき)君も助けてもらったのかもね」

(しょう)が、あはは、と笑う。

海戸(かいと)と違ってカッコよかったな!」

(ゆう)がからかうと海戸(かいと)は笑いながら、(ゆう)にプロレス技をかける。それを見て笑いながら(しょう)は言う。

海戸(かいと)もカッコよかったよ。ありがとう」
「へえ。別に」
「またね」

(しょう)はふたりに手を振って別れ道を進んだ。
(ゆう)は大きく手を振り返し、海戸(かいと)を見る。

「顔、赤くない?」
「うるさい」
「いてえっ!」


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