第36話 最後の噂
文字数 4,833文字
俺が知ったのは担任のダイダイが朝、クラスに言ったからだ。
交通事故。
母さんたちと同じだ。
葬式に行ったら
俺のせいだと言われた。
俺について夜遅くまで出歩いているからだと言われた。
『お前が殺したんだ』
何も言えなかった。
二年二組教室の空気はいつもよりどこか重苦しかった。
楽しそうな会話をしていても机の上の花が目に入ると口をつぐんでしまう。
「なあ。
「本当だって!俺は見たんだよ!」
「あれは
「いい加減なこと言ってんじゃねぇよ!
女生徒が泣き出す。
「
「こんな奴に!こいつに何がわかるんだっ!」
騒ぎをききつけた
「まったくひどい奴だよな。これだから不良は」
「どっちもどっちだよ。
「顔が引きつっているな」
「ああ、すまない。
「しばらく学校を休ませる」
「それがいい。葬式でのこと……きいたよ」
「それで同情の言葉でもくれるのか」
「そういう言い方はないだろ。……なんて言ったらいいのかわからない。やっぱり僕は駄目な教師だ」
「駄目なら駄目なりに頑張ればいいい。迷惑かけたな」
保健室には
「
「ちょっとあなた。うちの
「本人たちの問題だ。俺が口を出すことじゃない」
「何なの、それ!」
「これだから親のいない人は。この子だって不良じゃない。学校になんか来なければいいのに」
「親のいる立派な子が死んだ子供を噂にして喜ぶのはいいのか。そりゃあ大した教育だな」
「ちょっとふざけただけでしょう。それを殴るなんて」
「殴ろうとしたのが、やりすぎだったってのは本人がよくわかってる。
「ちょっと待ちなさいよ」
母親を
「やめてくれよ。母さん。俺も悪かったんだ」
「でも
「いいから少し黙っていてくれよ」
「根はいい奴だな。あとで謝れよ」
「わかってるよ」
「しばらく学校を休め」
「兄貴。ありがとう」
「馬鹿が」
──数日後。町には人が行きかっている。
人ごみの中に
人の流れはあっという間に
あれは翔だった。
どこにいったんだ?
日中のせいか人通りは少ない。
背が高いとはいえ中学生の
「あ」
「待って!」
「行かないで」
「話をきいて欲しいの。あの時はごめんなさい。お願いよ」
やっぱり親子なんだ。
「わかりました」
「よかった。家に来て」
人がいないせいもあったがどこか暗さがしみついている。
「ごめんなさい。何にもなくて」
「いいえ。話って何ですか」
「お葬式のときは本当にごめんなさい。
せっかく来てくれたのに」
「もういいんです。確かに俺のせいかもしれないから」
「あの子ね塾の帰りに車に……。成績が下がってきていたから」
「ユウ君たちと仲がいいのはいいんだけど帰りが遅くなったり入院したり。
あの子、来年受験でしょう?
それにユウ君たちと違って一人っ子で女の子だから」
「ごめんなさい」
「ああごめんなさい。今まで反抗なんかしたことなかった、あの子が。
あなたたちと付き合うのはやめなさいっていったら……。悩んでいたのね」
「子供は親の心配なんてわからないのよ。
ああ、夕君には言っても仕方がなかったわね」
「でも
台所から
「だから一緒にいてあげてくれるわよね」
手には包丁を持っていた。
「
あんなに一緒にいたがったんですもの。
私がいくより喜んでくれるわ」
「おばさん。やめてくれ」
「あなたが
椅子が倒れテーブルが床をこする。
丁度、帰宅した
「律子!やめないか!」
律子が暴れながら泣き叫ぶ。
「どうしてよ!どうしてあの子が死ななきゃいけないのよ!
「すまない。律子のしたことは許されることじゃない。だが君の顔を見るのは愉快じゃない。帰ってくれ」
「あんたたちは俺が憎いかもしれない。
でも俺だって友達がいなくなって悲しいんだ」
あてもなく歩いていると町外れの川べりに桜が咲いている。
はじめて来た場所だ。
夏には毛虫がいっぱいつくけど きれいだよね
「あいつ本当に桜好きだったのか」
桜の花が風にゆれる。
「あのすみません」
きき覚えのある声に
「影絵なんて見てない」
「おやおや。覚えていましたか」
振り向くと黒い帽子とロングコート姿の男、
「こんにちは。
もうこんばんはですね、と
「
「散歩ですよ。いけませんか」
「別に」
「よろしければ少し話し相手になって頂けませんか」
「いいよ」
「私には今まで空がありませんでした」
「は?」
きき返す
「風もありませんでした」
「ないってことはないだろ」
「ええ、そうですよ。私が見なかっただけです」
「見なかったって、どうして?」
「とても悲しいことがありました。
その時の私には逃げることしかできませんでしたから」
「きいてもいいのか」
「かまいませんよ。昔の私は今よりももっと無知でした。
経験のないことはわかりませんでしたし、あるとも思いませんでした。
例えば痛みも経験したことがないからわかりませんでした」
「それで?」
「とても不思議な人に会いました。私に近い人でしたよ。人に憧れていて、なろうとしていました。どこがいいのか私にはさっぱりわかりませんでした」
「最後には人に裏切られてしまいましたが。私のせいでもありました」
「その時、人はなんて汚らしいものだろうと思いましたよ。とても憎かった。
けれど彼女は最後は人を恨んでいませんでした。どうしてそうだったのか私にはわかりませんでした。随分長い間考えましたし色んなことを学びました。
時間はたくさんありましたからね。
はっきりとはしませんが今頃になって少しわかる気がします」
「
「つまらない話でしたね」
「……俺が幼稚園の頃」
「泣いてばっかりだった。俺は泣き虫だったんだ。だけど
二人がいたから俺は笑っていられた。
俺は
風が吹き抜ける。
落ち着いた
なんとなく
夜空には満月が浮かんでいる。
いつか三人で見た月だ。
死んだら空に行くらしい。
母さんたちも
今は悲しい。
いつまでもきっと悲しい。
だけど俺は生きているんだ。
「タイムカプセルだ!」
「どうして俺の机の中にあるんだ?」
「ま、いいじゃん。見てみようよ!」
『ぼくのともだち』
『さんにん いっしょだと たのしいな』
『ずっとずっと ともだちでいようね』
絵の下には新たな字が書き加えられていた。
『ありがとう 大好きだよ ばいばい』
最後の噂
おわり
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