第5話

文字数 2,243文字

今日は情報量が多い。もうキャパオーバーだ。まさか自分がこんなヤンキー漫画みたいなことに巻き込まれるとは。緊張が解けて安心した私はへたりと座り込んでしまった。さなも糸が切れた様に黙って地面を見つめている。
「一旦、ベンチ座ろうか。」

突然現れた芦田くんと夏野くんに2人して支えられながら、近くのベンチに腰掛ける。芦田くんが私達に缶のジュースを渡してくれる。
「ありがと〜…。」
『ありがとうございます。』
少し落ち着いた私達は、2人に改めてお礼を告げる。
『本当にありがとう。2人が来なかったらと思うと…。』
「まじのまじで今回はヤバいと思った。本当にありがとう!!」
さなは、もういつもの調子を取り戻している様だ。私も先程よりは元気になってきた気がする。
「ううん。良かったです。」
芦田くんがニコッと笑う。近くで見ると、殴られた所が赤くなっていて、心配だ。
『顔、大丈夫ですか?』
「あ、うん。よくあるんで。平気です!」
「いやいや、よくあったらダメでしょ!?」
さながすかさずツッコむ。夏野くんも続けて、
「俺もそう思う。もっと言ってやって?」
と呆れた様子でさなに加勢している。それに私も続く。
『…芦田くん。すぐ冷やした方がいいんじゃ?』
「そうだよ!コンビニ行って氷買おう!」
「いや本当に!大丈夫です。家帰ったら冷やすんで、安心して下さい。」
そこまで食い下がられると、もう何も言えない。不満が残りつつも私達は黙った。近くの街頭がチカッ、チカッと点滅している。

「というか…まさか川島さんが居るとは思わなかった。」
夏野くんが呟く。本当にその通りだ。
『私もだよ。助けてくれてありがとう』
「うん。無事で良かった」
…また夏野くんはそういう事を。思わず顔をしかめてしまう。夏野くんは心なしかそれに気づいて、1人笑っている様に見える。

そんな私達のやりとりを見て、さなは
「……桃菜、クラスにちゃんと友達いるじゃん!知らなかったよ!」
と言う。私は曲げられる限界まで首をかしげた。
『友達、なのかな?』
「え、俺は少なくとも友達以上だと思ってるよ。」
即座に夏野くんにそう言われる。
「それはもう友達確定だね!」
さながうんうん、と頷く。
『…そっか。』
友達以上、か。変な言い方しないで欲しい。嬉しいのに少し心が曇る。…この気持ちは。いや、まだ気づかないふりをしよう。



「というかさ、夏野っちは地元ここって事?」
…少し経つと、さなと夏野くんはもう打ち解けている。この短時間でここまで距離を詰められるの、本当に見習いたい。
「うん。一応。」
「なんか意外だね!」
「よく言われるよ、良いのか分かんないけど!」
「やんちゃだったりしたの?中学とか。」
確かに。こういう地域だし、芦田くんと幼馴染ならあり得るな。
「俊はこのまま。ずっと。悪い意味でもね?」
芦田くんがニコニコしながら答える。確かに、夏野くんは結局あまり周りに左右されなさそう。
「うるせー春人。春人こそヤンキーってやつだろ?」
…幼馴染の芦田くんと話している夏野くんは、少しガラが悪くて子供っぽい。知らない一面をまた見た気がする。面白い人だ。
「ヤンキーなの?…助けに来てくれた時の怒鳴り声確かに凄かったもんね。」
「…やめてください本当に、ガチで。」
芦田君が唸り出した。相当恥ずかしいらしい。チャラチャラとした見た目に似合わず、話し出すととてもシャイボーイという感じだ。
「これでも番長とか言われてたもんな!」
「俊、一旦黙ってくれ」
『番長…』
「まだ現代に居たんだ…番長って。」
さなの笑いを堪える様な声に、芦田くんは耐えきれないらしい。頭を抱えている。
「半分冗談みたいなやつですよ、本当に!!」
その後も必死に弁解している。ふふ、と自然と笑みが溢れる。今日は本当に色々あったな。

『そろそろ帰ろうか、さな。』
「うん、そうだね」
「駅まで送るよ。」
『いや、…』
大丈夫、と言おうとしたけれどさっきの事もあって今は1人でも多く人が居て欲しいなと思ってしまい、口を閉じる。
「俺も行く。」
「うん、ありがとう!」
『…ありがとう』
ここはありがたく2人の気持ちを受け取っておこう。単純に夜道が怖い。

駅までは皆で話しながら歩くと一瞬だった。
「今日はありがとう!またね!」
『2人とも本当にありがとう。じゃあ。』
「あ、」
私達が立ち去ろうとすると、芦田くんが何か言いたそうにしている。
「…2人、連絡先交換しない?」
『うん。』
「しよしよ!」
「待って、俺も2人の知らないから交換したい!」
「夏野っちもしよ〜」
どさくさに紛れて、今更聞けなかった夏野くんの連絡先も手に入れられた。
『じゃあね。芦田くんも顔お大事に!ありがとう』
「バイバイ!お大事にー!」
私達は2人に手を振って駅の改札を通った。

…嬉しい。

夏野くんと連絡先を交換できた。そんな余韻に浸りながら電車に乗っていると、スマートフォンの通知音が鳴る。
あ、夏野くんからだ。
「また月曜日!気をつけて帰って」短いメッセージだけれど、自然と口角が上がる。即座に「うん、ありがとう!」と打ち込んで送信する。…返事早すぎたかな。
「なーにニヤニヤしてんの?」
隣のさなが聞いてくる。そんなに顔に出てたのか。恥ずかしい。
『別に何も?』
「えー絶対嘘じゃん!教えてよ〜」
『無理ですー。』
さなをあしらいつつ、来た電車に乗り込み、座る。そして今日1日を振り返る。

…怖い出来事もあったがそれでも良い日だったと思えるのは、きっと君のおかげだよ。柄じゃないけど、ありがとう。本人に聴こえるわけないのに、心の中でそう呟いた。
ワンクリックで応援できます。
(ログインが必要です)

登場人物紹介

登場人物はありません

ビューワー設定

文字サイズ
  • 特大
背景色
  • 生成り
  • 水色
フォント
  • 明朝
  • ゴシック
組み方向
  • 横組み
  • 縦組み