第1話

文字数 2,102文字


夏の空なんか、嫌いだ。


高校1年の夏、私は放課後蝉の音が聞こえる教室で1人自習をしていた。
『はーあ。』
ため息が溢れても、空っぽの教室だから少し寂しい。
集中が途切れた私はエアコンの効いた教室から、重い足取りで廊下へ向かう。
暑い、ひたすらに。ブラウスが肌に段々汗で引っ付いてくる。
『眩しっ。』
思わず独り言を言ってしまうほどの太陽の光と騒めき。

高校生になって初めての夏は、あまり良いとは言えなかった。



気づけば秋、冬、と時間が流れ、高校2年生になろうとしている。きっとすぐに卒業するのだろう。あぁ、進路も何も決まっていないな。
「ふぅ。」
最近、ため息が多いとお母さんに文句を言われた。正直自覚はある。だけどしょうがないだろう。高校生は色々あるのだ。色々と。
「あ、桃菜じゃん!!やっほー!」
何となく迎えた始業式の日、学校へ向かうと突然後ろから声が聞こえてくる。声が大きいな。振り返ると、彼女はにっこりと笑みを浮かべている。音海(おとみ)さな、彼女は私の中学からの友人。明るく、可愛く、はつらつとがモットーらしい。確かにそのモットー通りの人だ。
『さな、おはよう』
私…川島桃菜はあいさつを返す。
「今年は同じクラスだといいなー!」
『だね』
軽く会話をして、じゃあ、と手を振る。始業式が始まる。
今年もまた、あのうざったい夏が来るんだろうか。

先生達の挨拶は耳を通り抜けていった。クラス発表は…1組か。もちろん知り合いは居ない。憂鬱だ。
「今年1年、よろしく!後で教室でな!」
担任の先生が、熱い眼差しを私達に向けている気がする。
如何にも青春だ仲間だと言うタイプだろう。偏見だけど。

教室へ入ると、席順が黒板の真ん中に貼られてあった。
私は…あ、後ろから2番目だ。やった。しかも窓際だし。
隣はまだ来てないかな。とりあえず座ろう。
席に着いて中庭を眺めていると、声が聞こえてくる。
「あ、私あそこだ。後ろかー」
「いいじゃん!嬉しくないの?」 
「目悪いんだよねー。隣川島さん?だし」
「あー。なるほどね。」
…いやいや、そんなに私の隣嫌なのか。少し気持ちが沈む。
「あれ、2人また同じクラスじゃん!よろしく」
2人の会話に新たに、少し低く澄んだ声が加わる。男の子かな。
「夏野じゃん!やっほー」
「やっほー、2人まだ席座んないの?」
夏野くん、という彼が2人に聞くとまた少し沈黙が流れる。
「…えーと、目悪いから前見えないんだよね」
「あーそっか。じゃあ俺と替わる?席そこだから」
「え、勝手に変わってたら怒られない?」
「まぁそれは…先生来た時俺話すから大丈夫!」
「……本当にいいの?」
「もちろん。」
「夏野ほんっとありがとなんか今度奢るね」
「いいよー。まじ?何奢ってもらおっかな〜」
鼻歌を歌いながら、夏野くんはこちらへ向かってくる。
3人の会話が気になってそちらを見つめていた私は、彼と目が合ってしまう。やばっ、見てたのバレる。
私が目を逸らそうとするより前に、彼は笑顔で話しかけてきた。
「ここの席の人?俺、隣の席の夏野です。よろしく」
『はぁ、どうも…』
突然話しかけられた驚きに喉が締まる。声が出ない。絶対冷たい人間だと思われた。これだから嫌なんだ、本当。
「名前聞いて良い?」
『……え』
素っ気なくなってしまった私に会話を続けてくれる人はあまりいないから、素直に驚いてしまった。じっと見つめて、私の次の言葉を待ってくれている彼に、応えないと。
『川島、です。』
絞り出した私に、うん、と頷いて
「川島さん、よろしくね」
とまた彼は歯を見せて笑った。

……羨ましい。羨ましい。一種の才能?何故こんなに誰とでも対話できるんだろう。眩しい。あの担任を下げる訳じゃないけど、夏野くんは眩しいのに暑苦しくない。不思議だ。不思議な人だな。


数分後、担任が教室にやって来た。
「今年皆の担任を務める、体育担当の中川だ。サッカー部の顧問もやっている。1年間よろしく!」
想像通りの言葉の羅列だな。体育担当のサッカー顧問って。
中川先生は、筋肉がはみ出しそうな程ピチピチなシャツを腕まくりをして着ている。腕には、くっきりと日焼けの跡が残っている。
「趣味はサーフィンとサッカー。基本スポーツだな!」
…予想通りすぎるけど、私は少し苦手なタイプかもしれない。
なんて色々考えていると、出席確認が始まった。
「鈴木ー…って、何で夏野がそこに居るんだ?」
「鈴木が目悪いからって。ここ俺でいいですか?」
「鈴木、そうなのか?」
「はい、夏野やさしーので代わってくれました。」
「…わかった。とりあえず今日はこれで行くけど、後でまた考えるな。他の皆も問題点とか有ったら後で教えてくれ。…じゃあそこは今日は夏野…と。サッカー部エース、1年間クラスもよろしくな!!」
「う、はい。お願いします!」
「何だ、嫌そうな顔だな。」
「中川先生が担任、は予想外だったんすよ…」
「えーそれはちょっと先生悲しいなぁ?」
「ほらこういう流れになるから...。」
担任はガハハ…と笑っている。クラスメイトも少し緊張が解れだしたのか笑っている。きっと、彼が今年のクラスの核、中心人物となるんだろうな、と私は1人予想する。

そのまま、その日は何事もなく帰宅する事となった。
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