第3話

文字数 2,468文字

ある日、私はさなが所属する陸上部の次期副部長に決まったので新入生達の部活体験の練習に付き合わされていた。新入生として私の話を聞いたりする役をやって!との事。
「桃菜!こっちだよー!」
待ち合わせていたグラウンドへ出ると、ぶんぶんと大きく手を振るさなの方へ駆け寄る。
『あ、今日サッカー部いるんだね』
この学校のグラウンドは日によって使う部活が異なる。私は帰宅部だから放課後の運動場を見るのは初めてと言っても良い。…何だか女の子達がサッカー部の所へ数人集まって差し入れ?の様なもの持って来ている。
「高瀬先輩!」「田中くんー」「夏野!」「がんばれ!」「俊ー!」
…夏野?聞き覚えのある名前に少し心が騒めく。別の人かもしれないけれど…少し見るくらいなら良いよね。そう思って恐る恐る女の子達の方に近づく。…あ、私の知っている夏野君がいる。でも、教室で見る彼とは全く違う雰囲気だ。真剣に他の選手やコーチと話し合っている姿は珍しくて、じっと見つめてしまう。また見すぎていたからか、ふと顔を上げた彼と目が合ってしまった。おそらく。簡単に目をそらす事は出来なかった。そんな私に彼は少し笑った気がした。

きっと周りにも沢山人は居たから、今のは気のせいだと思う。……そう思うのに、私の心臓は痛い位脈打っている。……いやいや、ドラマや漫画じゃ無いんだから。普段とのギャップで胸が高鳴るなんて、単純すぎる。私は心の中に浮かび上がる雑念を振り払う様に、急いでさなの元に走って戻る。
「もー、急に居なくならないでよ。びっくりした。」
『ごめん、ぼーっとしてた…。』
動揺している私は、勝手に何処かに行っておいて、ぼーっとしていたなんて有り得ない言い訳をしてしまう。
「ふーん?…じゃ、ちゃんと1年生役しててね?」
何かを察したのか、さなは少しおどけながら説明の練習を始めた。

さなの説明は簡単で分かりやすい上に、笑える部分も散りばめられていて文句のつけようが無い出来だった。
『…めっちゃくちゃ良い。さすが次期副部長だね。』
「えー本当!?はぁ、一旦安心できるわ。桃菜ありがとう!」
『いえいえ。ほら、座ってて』
ぶっ通しで説明してくれたさなを陰のベンチに座らせて、自販機へ向かう。うーん、さなはレモンスカッシュかな…。
「あれ、川島じゃん。珍しい。」
ボタンを押そうとした瞬間、後ろから声を掛けられる。
『うわっ』
驚いた勢いで、間違えてホットコーヒーのボタンを押してしまった。ため息をつきながら振り返ると、金色の髪が視界に入る。
『月島か…久しぶり。』
月島優悟は、私とさなと同じ中学出身で、元陸上部。全国大会も出ていた位足が速いらしい。高校へ入学してからはクラスも違ってあまり話していなかった。
「久しぶり。」
……久々すぎて何を話せばいいのか分からない。
『さなが向こうにいるんだけど、来る?』
さなは高校でも2年連続月島と同じクラスだし、とりあえずさなの所に連れていくか。
「じゃあちょっとお邪魔しようかな。てか川島何飲む?」
『え?』
「それ、間違えて押しただろ?」
『うん、でも…』
「俺が声掛けたからじゃん。お詫び。」
『……じゃあ白ぶどうのやつ。』
「おっけー」
何か、中学の時のバカやってる月島のイメージしか無いから調子狂うな。
『なんか猫被ってる?妙に優しいじゃん』
私は素直に笑いながら聞いてみた。ちょっと失礼だけどね。気になるから。
「え。……俺なりに頑張ってんだよ?変か?」
とても不安そうにこちらを伺う様子は、昔と変わらないようだ。…やっぱり月島は月島だわ。今の一言だけでかなり安心した。
笑いを堪えて口を抑えている私に、
「はい、これ。てか笑ってんな?」
とジュースを渡してくれる。
『うん、笑ってる。ありがとう』
「どういたしまして。…川島ってコーヒー飲めんの?」
運動場の方へ歩き出しながら聞いてくる。
『余裕で無理』
「無理なのかよ」
『…お父さんにでもあげようかな。』
「おっちゃん泣くんじゃない?」
『……有り得る。』
中学の頃からの友人だから私の父の事も知っている。父は簡潔に言うと親バカだ。悪く言えば過保護、過干渉。それで1度揉めた事もあるけれど、今は和解した。毎年誕生日プレゼントを渡したら泣いているから、本当に冗談じゃなく泣くかもしれないな。色々と考えていると、さなの所に辿り着いた。
「わー桃菜ありがとう!…って月島じゃん。どうしたの?」
「そこで会ったから。」
「そっか、というか3人で話すの久しぶりだね!」
『確かにね。』
「というか音海、副部長なんだろ?凄いな。」
「凄いでしょ!月島、今からでも陸上部入ってもいいんだよ?」
「俺はバイト極めるから、残念ながら。」
月島は中学卒業後パタリと陸上を辞めたらしい。私も人づてに聞いて、とても驚いた。
『走ってたら恰好いいのにね。』
少し意地の悪い言い方をしてみる。
「一言余計だな?」
目を丸くして驚く月島に、思わずさなと2人して笑ってしまう。
「顔も恰好いいって言われてるし、走ったらもっとモテモテじゃーん」
さなは笑いながらそう発する。本当にそう。月島、普通に世間一般でも相当なイケメンというやつだ。新学期早々、調子に乗って金髪にして怖がられているだけで、多分これからも相当モテる。
「お前らなぁ………」
月島が文句を言い始めようとした時、遠くから声が聞こえてくる。
「月島ぁ!?どこに行った!」
…3人、互いの顔を見合わせる。
「あ、俺帰るわ。またな!」
風の様に月島は一瞬で去っていった。相変わらず足速いな。入れ替わりで青海高校陸上部と書かれたジャージを着た人がやってくる。
「あ、音海!月島というすらっとした…なんというか足が速い奴を見なかったか!」
普通なら伝わらないだろうけど…。さっきまでいましたね。
「今、丁度帰っていったよ…。」
さなが答えると、彼はがっくりと肩を落とした。
「また失敗か…。さすがだ月島…。音海、そこの君、ありがとう!じゃあな」
早口で捲し立てて、またすぐその人は走り去った。

『何だったんだろう。…帰ろうか、さな。』
「うん。そうだね…。」
こうして、私達は運動場を後にした。
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