文字数 995文字

「まったく、いくら言っても聞いちゃいないんだから…」
宿の主人が、道でそう立ち話をしているのを耳にして、サナはその方向へと近寄っていった。
「迷信だと思っているんだろうよ、きっと。所詮、この島の住民じゃないし」
「だろうなぁ…。もう一人は大人しくしているらしいってのによぉ」
「いや、昨日一日だけだろう。わからんさ」
…そうか、昨夜エイヴァリは外出しなかったのね…ということは、あの気配は…?
気のせいだったと言うのだろうか。
しかし、レウリオもまた誰かがいたと言っていた。
レウリオは、なかなか感覚が鋭そうだから、誰かいたのは確かなのだと思われる。
サナはその場を離れ、どこへ行くわけでもなく歩き始めた。
島民の誰かが歩いていると言うのだろうか?
それは、あり得ない…と思う。
考え込みながら歩くサナは、うつむきがちになり、どこも見ていないような危なかしい足取りになっていた。
…もっとも、これは今日に限ったことではなく、いつものことではあるのだが…


レウリオは、見慣れた濃茶の長いおさげを目の端に止めた。
うつむきがちに歩いていて、危なかしい事この上ない。
…また、誰かにぶつかるぞ…
と思っていると、サナは高く積まれた木箱の方へ、フラフラと歩いていく。
まったく気付いていない様子だ。
「ったく……」
足早にサナへと近寄った。
「今日は木箱とぶつかる気ですか?」
と、サナの肩に手をやり立ち止まらせた。
「え…?」
驚いて顔を上げると、わずか数歩のところに高く積まれた大きな木箱の山が見えた。
「きゃぁ!!………あ…ありがとうございます」
驚いてから、立ち止まらせてくれた事に対深々と頭を下げる。
「毎日、人や物にぶつかっているんじゃないか?」
そう言われて、サナは、え?と顔を上げた。
「あ…あなたでしたか」
そして、ずれかけていた丸い眼鏡を直す。
手には今日も何かの本を抱えている。
「どうしたんですか?買い物ですか?」
「いや…昨日、見張り役のことを聞きそびれたから」
サナは、一瞬、目をしばたいた。
「ああ!そういえば!」
「…忘れてたね…?」
あきれたようなレウリオの声に、サナは申し訳なさそうに謝った。
「ご…ごめんなさい…ひょっとして、探していたんですか?私のこと」
ああ、まぁ…と、レウリオはあいまいに頷いた。
実際のところ、図書館に行こうとしたところで目に止まっただけだったのだが…。
聞きたいことがあったのは事実だからそういう事にしておこう、と。
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