文字数 3,174文字

カイは夜の闇を見つめていた。
明日、入り口は閉じる…多分、その前に、エイヴァリが、何かをしてくるだろう。
…彼から、この島を守らなくては。私は、守り人…見張り役なのだから。
しかしカイは疑問を抱いていた。
何故エイヴァリは一人で事を運ぼうとしないのか。
カイは考えながら、いつものように暗闇に紛れながら浜辺へと向かった…


歩いていたカイが、その足をぴたりと止めた。
「…エイヴァリ」
月待花の草むらから、ゆっくりと銀色の髪が現れる。
カイは、エイヴァリの銀の瞳をまっすぐに見つめた。
エイヴァリも、カイを食い入るように見る。
「私ね不思議だったの。確かに、私はほぼ一晩中、この浜辺を歩いているけれど、あなた一人、あの洞窟の奥に進んでいく隙はいくらでもある。
歩いては行けないだろうけれど、闇に紛れて小船であの中まで行けば、あなたの望むものを取ってこれるわ」
エイヴァリの目を見つめたまま続けた。
「なのに、あなたは私に手伝わないかと言ってきたわ。……おかしいわよね。一人の方が好き勝手できるのに」
そこで一旦言葉を止めて、じっとエイヴァリの顔を見た。
「エイヴァリ。あなたの身体は、浜辺を歩くくらいしかできないんでしょう。
あなたの身体じゃ、あの中に入って、あの物質に触ることができないんでしょう」

だから…
私ならば、あの物質に触れるから、手伝えと言っているんだ。
おそらく、いや絶対にエイヴァリは完全な見張り役ではない。
40年も前に島を出て行った人物が、見張り役の家系に伝わっている抗体を持って行ったとは思えない。
エイヴァリの銀の目と髪は、父親の体内にあったものが継がれて出てきたものだろう。
薄いのだ。ゆえにその力も不完全。

挑むような目で見つめているカイを、エイヴァリは、ふっと軽く笑った。
「見た目だけではなく、性格まで別人なのだな」
カイは目だけで余計なお世話だと告げた。
「お前の言った通り、おれは、あの中のものに触れられない。純度が高すぎる。…中に入ることはできたがな…」
カイは、3日前の夜に見た気がした帆影を思い出した。
あれは気のせいではなく、エイヴァリの船影だったのだ。
あの時、洞窟に入って行ったというのか。

カイは肩をすくめた。
「私は手伝う気はないし、あれを持ち出すのを許すわけにもいかないわ。触れないんだったら諦めて」
カイの言葉に、エイヴァリはわずかに笑った。
「お前は、自分のその役目を、何とも思わないのか?」
その言葉に、カイは一瞬、眉をひそめ、言葉を詰まらせる。
「いやだろう?普通は逃げたいと思うはずだ」
カイは、唇をかみしめた。
…そう、私は自分の運命がいやだったからこそ、あがいた。
その思いを読んだように、エイヴァリはたたみかける。


「自分の命と引き換えに、入り口を閉めるなんて、おれの父親じゃなくても、逃げるだろう!!」

「…そのせいで、多くの人が死んだのに!?」


遺跡の中には、次の見張り役の家々に伝えるための抗体と、浜に撒くための中和剤が置いてある。
前の見張り役が作ったものだ。
抗体も、中和剤も、中のものを使用しなければ作れない。
その遺跡に行くには、洞窟の奥の扉を入って行く。
その扉は外から開けて中から閉める。
そうしかできないようになっている。
いや、扉は洞窟が顔を出す年に、海水が引くことにより、自然と開いてしまう。
しかし、洞窟がまた海に沈む時、海水が満ちても扉は閉じない…
それを閉じなくてはならない。

エイヴァリの欲しがるモノ…それが、海に流れ出てしまったら…
この島では、魚を食すことができない。
また、潮風にも毒素が含まれているので、人は住めなくなる。
ここを捨て他へ住めばよい、と言うかもしれない。
しかし、20年ごとの、そのことにさえ目をつぶれば、この島は心地よい島であるのだ。
見張り役は、中から扉を閉め、20年後に使う中和物質と抗体を作る。
いかに抗体があるとはいえ、ずっと中にいれば身体も弱まる、少しずつ、蝕まれ、朽ちていく。
それが運命なのだ…島を守るための…


カイは、見張り役の家系に生まれ、そのことを教わりながら、常に疑問に思っていた。
一人の犠牲の上に成り立つこの生活は何かおかしい、と。
そう思い、何とかできないものだろうか、と少しずつ、調べていた。
20年目が来るより2年も前から、ずっと…。
そして、髪と目の色が変わり、今回の見張り役が自分だと知り、更に調べた。
明日入り口が閉じる、という今日という日でも、それは変わらなかった。
運命に抗いながら…
たとえ、自分がだめであっても、次回の見張り役のためになるかもしれない、と…。

「確かに、この運命は私もいやよ…
でも、私は自分が助かりたいからと言って、ただ逃げて、何人もの命を失う結果を招くのはもっといや!!」
カイは、再びエイヴァリを睨みながら、きっぱりと言った。
「私は、あなたに手は貸さない。……絶対に!!!」
エイヴァリは、冷たく光る銀の瞳でカイの金の瞳を見つめた。
対をなすかの如く輝く金と銀。
しかし、二人はまったく相容れないものである。

しばらく視線をぶつけ合っていたが、やがてエイヴァリが、カイに嘲笑し、言った。
「そうか…お前がそう思っていても手を貸してもらう」
どうやって…?
カイ表情だけで問う。
エイヴァリは、そんなカイの顔を見て更に冷笑し、街の方を見る。
「いつも、お前と一緒にいるあの保護者気取りの若造…」
その言葉に、カイはわずかに顔色を変えた。
「レウリオ…?」
しかし、カイは、すぐに顔色を戻し、エイヴァリに負けぬくらい、冷たく笑った。
「人質にでもするつもり?あなたには無理よ。あの人、多分強いわよ」
直感的に、レウリオのことを強いと感じていたが、しかし本当のところはどうなのだろう。
エイヴァリは冷笑したままだ。

「この剣…」
と、自分の持つ剣を抜いて見せた。
わずかに金色を帯びた細身の剣。
「父親にもらったんだがな…この島で作られたものだそうだ」
カイは、再び、わずかに顔色を変えた。
「まさか…40年前に消えた宝剣…」
エイヴァリは冷たく笑ったまま言う。
「そう。純正ではないが…わずかにあの物質…オリハルコンが混じっている剣だ。
純正ではないから、おれが持てるのだがな…よく切れるし毒も帯びている」

カイは笑みを消した。
「毎夜、おれはこうやって出歩いている…べつに、こそこそと隠れながら来ているわけではない。
なのに、なぜ宿屋の親父がわからないと思う?」
カイは、不信なまなざしでエイヴァリを見た。
そう…この3日間、続けて夜歩いているのに、島の住人に眉をひそめられることはない。人目を避けているのならばまだしも…。
「暗示…」
カイがそう言葉に出すと、エイヴァリはおかしそうに笑った。
「あぁ、そうだ。おれは、宿から出ていない、という暗示をかけておいた。
暗示をかければ、人質でも何でも作れる、あいつじゃなくても島民の誰でも」
「…!!」

カイは、息を飲んだ。
「そんなこと…!!だったら、私にかければいいじゃない!!私に手伝わせるようにすればいいじゃない!!」
そう言うと、エイヴァリはカイの金の瞳を一瞥した。
「やってみたさ。幾度もな。そう…さっきもやってみた。しかし、お前には通用しなかった。だから、直に言ってるんだ」
そうか…この男の食い入るような視線は…そうだったのか…。

「さぁ、どうする?」
剣をカイに突きつけながら、エイヴァリは言った。
どうする…?
自分の中でも反復していた。
レウリオに話し注意を促すか、もしくはカイへの協力を仰ぐか?
それとも、この男の言うとおりにするか?
エイヴァリの冷たい目を前に何も言えずに、それでも、その目を見据え苦悩した。


後ろから砂を踏む足音がする。

はっとして振り向くとレウリオが近寄ってきていた。
カイは、もう一度エイヴァリへと向き直ると、エイヴァリは冷たく笑っている。
カイは、苦悩で険しくなった表情で、その顔を見ていた……。
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