第1話

文字数 964文字

 
 玄関先に地蔵が落ちていた。
 夜間に降り積もった新雪を踏みしめたくなって、休みにも関わらず柄にもない早起きをし、散歩に出ようと実家の玄関をガラガラと開け、キラキラと雪に反射する太陽の光に目を細め、後で雪掻きを母親に命じられそうだなぁ、などと思いながらサクリと初めの一歩を踏み出した所で、僕は玄関先に落ちている地蔵を認識した。
 絶句とは正にこの事なのだろう、と後ほど思う程に言葉が出なかった。
 厄介な事に、この近辺では見たこともない地蔵だった。
 俗に言う──首無し地蔵だったのだ。
 其れは、かの有名な怪談師の語る怪談に出てくる容姿そっくりに、胡座をかき、己の頭部をちょこんと抱えているのである。
 「八王子でもあるまいし。首無し地蔵とは──」
 ポリポリと頭皮を掻きながら、そう独り言ちた僕は、ここでどうしたものかと、思わず腕を組み考えこんでしまう。
 何故なら、件の首無し地蔵は──(さわ)るのだ。
 
 話の中では、遊び半分で触った若者が、事故に遭う描写がある。つまり、(さわ)ると(さわ)る。何とも激しい呪物だ。
 しかし、その(さわ)り、俗に云う祟りを恐れて、このまま放置しておくのは気がひける。なんせ実家の玄関先であるので、いつ誰が地蔵に対して不備を働くかわからない。其れならば、多少の知識を持っている自分が動かした方が良いだろう、という結論に達したのだった。
 知識と云っても只の怪談好きなだけなのだが──
 「まあ、其れは其れでネタになるか」
 背中を地面に付け、達磨の様に転がっている地蔵を正位に起こすと、その様相が想像以上の不気味さであって、早くも僕は後悔する羽目になった。
 「こいつは重いし、なかなかに……よろしく無いな」
 先程まで煌めいていた世界は反転し、降り積もった雪の白ささえも禍々しく見えてくる。
 僕は、出来るだけ丁寧に扱う気概(きがい)で地蔵を(うやうや)しく、表の道沿いに移動させた。その周囲だけが仄かに、薄暗くなった気がした。
 改めて地蔵をまじまじと観察してみる。只の石仏でしかない筈だが、首が無いだけでこれ程に恐怖を煽るのか。本来、顔のある部分は綺麗に(なら)されており、創作者が丹念に研いだのかと考えると、背筋が凍る思いであった。
 ──ふぅ
 ため息を一つ。白い吐息が、目の前を雲散する。
 僕は本来の目的を果たすため、地蔵を避ける様に逆方向へと散歩を再開した。
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