第3話

文字数 853文字


 
 その日の夜も雪が降った。あまり雪の降らないこの地方では珍しく、子供達はひたすらにはしゃぎ、大人達は交通網の不通を嘆いた。
 とはいえ、(くるぶし)あたりの積雪が、足首を少し越える程度の物に変わっただけである。雪国育ちの人間にはちゃんちゃら可笑しい程度であろうが、雪に馴染みの無い土地の人間にはある意味で死活問題だった。
 遅れるであろう電車の運行状況を見越し、僕は早めに家を出た。サクサクと新たに積もった雪を踏みしめ、駅に向かおうとした時、また思わず、んー、と唸ってしまった。
 そう、あの地蔵だ。駅に向かうには、あの動かされた地蔵の前を通る以外に道は無いのだ。
 「んー、むぅ……」
 唸り声しか出てこない。が、足を止める訳にはいかないので、僕は極力見ない様にしながら、サクサクと歩みを進める。しかし悲しい哉、意思とは裏腹に、目は地蔵を追っていた。怪談脳、とでも云うのか、ついつい余計な物を見たくなる。
 地蔵の(わだち)は昨夜の雪で消えていたが、そのかわりに新しく引きずられたであろう(わだち)が、細い路地の奥に向かって付けられている。
 昨日は、路地と通りの境目に確かにあった地蔵は、その細い路地に吸い込まれる様に奥へ奥へ動かされているらしい。そして、何故か地蔵の頭頂部、本来の頭部が存在する筈の場所には──、
 ──紅い花が生けられた植木鉢が、器用にのせられていた。
 遠目からでも、その異様な雰囲気がビリビリと背中まで伝わってくる。流石に、花の種類までは遠すぎて判断がつかないが、近く気にはならなかった。いや寧ろ、あれを見て近付こうと思える人間が、存在するのだろうか。
 そもそも、例の首無し地蔵とは所謂、あの有名怪談師の怪談ありきでの話である。怪談マニア以外の人間には、コイツが(さわ)るという事実も概念も存在しないだろう。どれほどの呪物でも、知らねば只の石像。故にあのような所業も可能なのだ。
 僕は込み上げる吐き気を抑え、早足で駅に向かった。
 「見てない、見てない、見てない、何も見てない」
 ブツブツと呟きながら、一心に会社を目指した。
 
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