第6話

文字数 878文字


 ふらつく体を抑えながら、例の路地にかかった。
 熱で歪む視界が、地蔵を捉えた。
 老婦人が地蔵にジョウロで水を掛けていた。正確には、植木鉢に水をやっていたのだろう。ジョウロから糸の様に垂れる水が、キラキラと陽の光に煌めいた。
 
 僕は──足を止めざるを得なかった。
 老婦人は水を一頻(ひとしき)りかけ終わると、足元に置いてあったワンカップの酒らしき物を持ち上げると、渾身の力を込めて蓋を開けた。そして──
 ブツブツと何かを呟きながら──
 ──地蔵の抱えているその頭に掛けた。
 老婦人は幸せそうに笑っていた。
 
 激しい耳鳴りがした。
 僕は突然の吐き気に襲われ、身をかがめて側溝に吐いた。朝から何も胃に入れてないので、出るのは黄色い胃液と少しばかりの水分のみだった。
 路地の奥から中年の女性が、何か喚きながら現れ、老婦人を抱きかかえる様に引きずっていく。
 熱と吐き気で朦朧とする視界に、その光景が何とも虚げに映った。まるで古ぼけた映画館で一人、カタカタと揺れる映像を観せられているような、色褪せた世界だった──
 数日後、今枝さんの家は全焼したらしい。
 家族と思われる数体の遺体が見つかり、出火元はどうやら居間のストーブだと、両親から聞かされた。
 狭い路地ゆえ、消火活動に手間取ったのだと、要らぬ情報もくれた。
 家が燃え尽きると時を同じくして、何故か首無し地蔵が何処かに消えた。消火活動の妨げになる故、動かしたのか──、只、誰もその行方を知らないのが不気味だった。
 僕の風邪は直ぐに治り、上司はネチネチと僕の体調管理を責めながら、昼ご飯を奢ってくれた。
 同僚は相変わらずニヤニヤと僕を揶揄(からか)う。
 ──独り身は辛いネェ。と、己も同じ立場なのを差し置いて、そんな事を(のたま)うので、僕はマスクをずらし、スレ違いざまに彼女の耳元で、
 「だったら次は看病してくれ……な」と云ってやる。
 顔を真っ赤にして、俯いて黙る彼女を横目に、僕はほくそ笑む。本当に良い職場だ。
 
 ──呪いは、あるんだよ、本当に。
 効くかどうかは、知らないけどね。
 

〈終〉
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