第37話
文字数 1,666文字
*** 2696年11月6日
惑星フェルタ 中央パルミナンド大地峡東岸
アイブリー準州 アビレー市
『おはようございます。私は戒厳司令官オーレリアン・デュフィ上級大佐の副官付報道官、アナ=マリア・マリュス大尉です――』
テレビ画面の中の戒厳司令部の会見は、戦闘服姿の女性の、聡明そうな見た目の通りのキビキビとした口調の挨拶で始まった。
『中部都市圏司令部は大統領による軍事力行使命令に従い、本日よりこの街を戒厳令下に置きます』
バンデーラは市警庁舎の仮オフィスで、同僚らと一緒にこの会見を見ている。
戒厳部隊の指揮官オーレリアン・デュフィ上級大佐の姿は、画面の中に見当たらなかった。どうやら彼はこの事態の前面には敢えて立たないことを選択したようだった。替わりに〝見目〟の好い若手女性士官を報道官に立て、報道 への対応を一任するつもりらしい。
『情報によれば、我々の〝敵〟の数は20人に欠けるということです』
マリュス報道官は若かったが――20代の半ばだろう――会見場として選んだアールーズ特別区の郡庁舎前の広場に集った多数の報道陣を前にしても臆することなく、よく通る声でさっそく本題に入った。
『200万市民の中に埋没している彼らですが、判明している特徴は、〝サローノからの越境者もしくはその親類・縁者〟、〝学生〟で、〝年齢は14歳から30歳まで〟……該当する容疑者はおよそ1万5千人――』
キビキビとした口調を維持し、簡潔に、印象的なワードと数字を並べていく。
『さらに〝中部都市圏に移住して6カ月以内〟という条件を加えることで、容疑者は2千人にまで絞り込めます』
続く言葉に、バンデーラは眉を顰めることになった。
『彼らが身を潜めようと思えば、同じサローノ出身者の密集居住区を選ぶと考えられます。彼らにとり〝安全な隠れ家〟はそ こ に し か ありません』
「この断定は危険ね。誘導してるの……?」
隣で同僚のセシリアが、独り言ちるように脳裏に湧いた疑念を口にするのを聴いた。バンデーラも同じことを感じている。
『アビレーでサローノ移住者の密集しているのは、ここ、アールーズです。我々はこの地区一帯を封鎖し、網を絞ります』
一方、画面の中のマリュス報道官は、感情も表情も浮かべず、淡々と言を進めていく。
『――…アイブリーは機会 の邦 です。〝任意出頭の機会〟もあります』
そうして、マリュス報道官の語調がわずかに変わった。
『先に述べた〝容疑者の特徴〟に合致する者で捜査に協力しない者は、即刻逮捕、拘留します』
マリュス報道官の言葉に大部屋のあちこちがざわつき始めた。テレビ中継の画面は、集まった報道陣も同じように戸惑っている様子を伝えている。
バンデーラは片手を上げて室内の周章を制した。報道官の次の言葉に集中したかったからだ。
『――今回の措置は民主政体が採るべき手段として、本来、忌むべきものであることは誰もが認めるところです。ですが、我々の決意を疑えば、敵は後悔することになるでしょう』
凛々しく言い募った若き報道官の顔には、使命感のようなものすら漂っている。
感情的に振る舞わず感情に訴える、そういうことをこの娘はしていた。
『いま彼らは、フェルタ最強の〝邦 〟の軍隊を相手にしようとしています。その軍隊の尖兵たる我々は〝勝利〟を確信しています』
マリュス報道官は、自信に満ちた言葉で話を締め括ると、そういう微笑を浮かべて会見を終えた。
『――以上です。ありがとう』
「随分と大きく出たわね」
バンデーラが低く雑感を述べると、隣でセシリアが応じた。
「それに穏当じゃない。オーレリアン・デュフィのマスコミ対応は過剰演出よ」
相当に気に入らない会見だったようだ。
「彼女、副官付といったでしょ? なのに〝作業服 〟じゃなく〝戦闘服 〟であの場に立たせてる。〝ここは戦場となった〟というアピールね」
バンデーラは黙って頷いた。
先にセシリアは、報道官の言に〝誘導してるのか?〟と疑念を口にしたが、〝敵〟という言葉を使うなど、寧ろ〝煽っている〟と彼女は感じている。
惑星フェルタ 中央パルミナンド大地峡東岸
アイブリー準州 アビレー市
『おはようございます。私は戒厳司令官オーレリアン・デュフィ上級大佐の副官付報道官、アナ=マリア・マリュス大尉です――』
テレビ画面の中の戒厳司令部の会見は、戦闘服姿の女性の、聡明そうな見た目の通りのキビキビとした口調の挨拶で始まった。
『中部都市圏司令部は大統領による軍事力行使命令に従い、本日よりこの街を戒厳令下に置きます』
バンデーラは市警庁舎の仮オフィスで、同僚らと一緒にこの会見を見ている。
戒厳部隊の指揮官オーレリアン・デュフィ上級大佐の姿は、画面の中に見当たらなかった。どうやら彼はこの事態の前面には敢えて立たないことを選択したようだった。替わりに〝見目〟の好い若手女性士官を報道官に立て、
『情報によれば、我々の〝敵〟の数は20人に欠けるということです』
マリュス報道官は若かったが――20代の半ばだろう――会見場として選んだアールーズ特別区の郡庁舎前の広場に集った多数の報道陣を前にしても臆することなく、よく通る声でさっそく本題に入った。
『200万市民の中に埋没している彼らですが、判明している特徴は、〝サローノからの越境者もしくはその親類・縁者〟、〝学生〟で、〝年齢は14歳から30歳まで〟……該当する容疑者はおよそ1万5千人――』
キビキビとした口調を維持し、簡潔に、印象的なワードと数字を並べていく。
『さらに〝中部都市圏に移住して6カ月以内〟という条件を加えることで、容疑者は2千人にまで絞り込めます』
続く言葉に、バンデーラは眉を顰めることになった。
『彼らが身を潜めようと思えば、同じサローノ出身者の密集居住区を選ぶと考えられます。彼らにとり〝安全な隠れ家〟は
「この断定は危険ね。誘導してるの……?」
隣で同僚のセシリアが、独り言ちるように脳裏に湧いた疑念を口にするのを聴いた。バンデーラも同じことを感じている。
『アビレーでサローノ移住者の密集しているのは、ここ、アールーズです。我々はこの地区一帯を封鎖し、網を絞ります』
一方、画面の中のマリュス報道官は、感情も表情も浮かべず、淡々と言を進めていく。
『――…アイブリーは
そうして、マリュス報道官の語調がわずかに変わった。
『先に述べた〝容疑者の特徴〟に合致する者で捜査に協力しない者は、即刻逮捕、拘留します』
マリュス報道官の言葉に大部屋のあちこちがざわつき始めた。テレビ中継の画面は、集まった報道陣も同じように戸惑っている様子を伝えている。
バンデーラは片手を上げて室内の周章を制した。報道官の次の言葉に集中したかったからだ。
『――今回の措置は民主政体が採るべき手段として、本来、忌むべきものであることは誰もが認めるところです。ですが、我々の決意を疑えば、敵は後悔することになるでしょう』
凛々しく言い募った若き報道官の顔には、使命感のようなものすら漂っている。
感情的に振る舞わず感情に訴える、そういうことをこの娘はしていた。
『いま彼らは、フェルタ最強の〝
マリュス報道官は、自信に満ちた言葉で話を締め括ると、そういう微笑を浮かべて会見を終えた。
『――以上です。ありがとう』
「随分と大きく出たわね」
バンデーラが低く雑感を述べると、隣でセシリアが応じた。
「それに穏当じゃない。オーレリアン・デュフィのマスコミ対応は過剰演出よ」
相当に気に入らない会見だったようだ。
「彼女、副官付といったでしょ? なのに〝
バンデーラは黙って頷いた。
先にセシリアは、報道官の言に〝誘導してるのか?〟と疑念を口にしたが、〝敵〟という言葉を使うなど、寧ろ〝煽っている〟と彼女は感じている。