第22話

文字数 1,639文字


 出し抜けに、助手席から身を寄せるようにしてきたベアタに、サンデルスは口元を引き結んだ。そうだった。自分の対番(後輩)は〝勘が良い〟……。

 ベアタは少し小首を傾げると、――彼女自身は気付いていない――〝女を武器に使うことのない〟女性のさばさばした口調で言ったのだった。

「――…()、〝班長から言い含められて〟送り出されましたか?」

 サンデルスは溜息を飲み込んだ。肩をすくめ、敢えてベアタを見ないようにして応える。

「……()()()班長には〝()相手に腹芸はしない〟と、言ったんだけどね」

 そんな対番の憮然とした横顔にクスリと笑ったベアタは、ついと前方に向き直って言った。

「頼りにはしてます」

 サンデルスは黙って頷いた。




 シティプラザビル前のパーキングメーターに車を停めると、二人はすぐにオフィス階には上がらず、ビル前で一つだけ営業している屋台(ベンダー)で〝いつもの〟「ベーグルとスムージー」を〝to go(テイクアウト)〟した。
 早速サンデルスは歩きながらベーグルに(かじ)り付き、()()にベアタが眉を顰めながら二人並んでエントランスを抜けると、折よく扉の開いていたエレベータがあったので、二人はそれに飛び乗った。


 PSIのフロアに入るとすぐに、ベアタはバンデーラに呼び出された。
 外で買い求めたベーグルとスムージーの入った紙包みをデスクの上に置いてバンデーラの個室(オフィス)に行くと、そこで改めてジーン・ラッピンと引き合わされることとなった。

 今朝、〈諜報特務庁(IISO)〉から()()()『協力依頼書』が届いていた。
 通常、この手の協力依頼は要請から発付されるまで早くとも4、5日は待たされるものだったが、ジーン・ラッピンの場合、翌日には〝全く不備の無い正しい書式のもの〟がFAXされてきた。このことから、彼女が部局内に強力な〝後ろ盾〟を持つのは間違いないようだ。

 とまれ、これでジーン・ラッピンは正式にオブザーバーとして対テロ対策群(ATTF)(エコー)チームと行動を共にすることとなった。今日からベアタは彼女の下で〝助手〟として動くことになったのだ。


 ベアタがバンデーラの部屋に呼び出されていた頃――
 サンデルスの方は、主任分析官のマズリエ、部局内外の情報調整を担当するセシリアらとともに、シーロフ支部長の部屋で()()客人を迎えていた。
 その客人は壮年(プライムエイジ)の男性で、何の変哲もないダークスーツをふつうに着込んでいても、その身の(こな)しから軍の関係者であることがすぐに知れるような人物だった。
 名をオーレリアン・デュフィ。アイブリー準州防衛軍の上級大佐で中部都市圏司令部付きの高級(エリート)軍人、そしてエヴェリーナ・ノヴォトナー〈準州代表〉(行政府の長)の特別軍事顧問(アドバイザー)を務める、という男である。


「それで……、アビレーには何しに? 大佐」

 とりあえず型通りの歓迎の挨拶が終わると、安手の応接セットに落ち着いた客人に部屋の主人(あるじ)であるシーロフが切り出した。
 それなりに緊張感の浮いた4人の公安調査官の顔が居並んだ部屋の中で、デュフィ上級大佐は落ち着き払ったハイバリトンで応じた。

「州代表の指示です」
 耳当たりの良い声音ではあったが愛想のようなものは感じられなかった。「――〝この週末の事件〟については、彼女も気に掛けておいでだ。……州代表とは?」

 

「私は保守党の支持でしてね」

 ()()()()に返されたその問いに、シーロフは友好的とは言い難い答えを返した。
 ()準州代表のエヴェリーナ・ノヴォトナーは〈進歩党〉であったが、準州議会の多数党が〈保守党〉だった。ちなみにアイブリーは二大政党制である。

「――わたしは()()()1票を入れました」

 この場の紅一点であるセシリアがそう割って入ると、シーロフは目線で彼女を黙らせ、それからデュフィを見て続けた。

「……ですが、準州代表は随分とテロを気にしておられる、とは聞いています」

 デュフィは苦笑を隠さずに浮かべた。

「私は州代表を敬愛している。だが残念なことに、サローノの事情やテロ組織の実態に関してはまるで知識がない」


 言葉とは裏腹の表情だと、サンデルスは感じた。
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