十二 容疑者 吉田一郎太

文字数 1,213文字

 夕七ツ(午後四時)前。
 日野唐十郎と吉田真介が北町奉行所に着いた。
 吉田真介は鳥見役人の鑑札を見せて、加藤貞蔵を捜している経緯を説明した。
 藤堂八郎は驚いたが、吉田真介を疑う証拠は無かった。加藤貞蔵が斬殺された現場を説明して言った。
「では、仏を確認下され」
「忝うござる」
 吉田真介は藤堂八郎に案内されて、北町奉行所の安置所に置かれている、加藤貞蔵の亡骸を確認した。日野唐十郎も許されて藤堂八郎に同行した。

 吉田真介は仏の加藤貞蔵の顔を覆っている打ち覆(うちおお)いを取った。
「間違いなく加藤貞蔵です」
 仏の顔に打ち覆いを戻しながら、
「床下にあったと言う金子は、盗まれた百両の中の五十両でしょう。
 残りの五十両は、家に住んでいた浪人が持っていったのでしょう」
 と言った。

「浪人は何者ですか」
 藤堂八郎は吉田真介を問いただした。
「ここからの話は日野先生にも話していない事です。
 私の役目に関わる事ですので、なにぶんにも他言無用です」
「心得ました」
 日野唐十郎と藤堂八郎が承諾すると、吉田真介は説明した。
「実は、私の再従兄の吉田一郎太が、お役御免になり申した・・・」
「何とっ、浪人は吉田一郎太殿か・・・」
 日野唐十郎は吉田真介を問いただした。
「如何にも、そうで御座る・・・」
 吉田一郎太も、日野唐十郎が剣術を指南する公儀幕閣配下の役人、公儀若年寄直属の鳥見組頭配下の鳥見役人だ。

 吉田真介は説明した。
 一年ほど前、吉田真介の再従兄の吉田一郎太は、放蕩三昧をくりかえしていた大名家の役人の小倅を、公儀に仕える武家の面汚しとして斬殺した。そのため、鳥見役人をお役御免になった。その後も、吉田一郎太は再従弟の吉田真介の名を騙り、大名家の役人の倅で放蕩三昧をくりかえす者たちを、天誅と称して斬殺した。
 吉田真介は鳥見組頭から、吉田一郎太を打ち首にするよう命じられ、方や、越前松平家家からは、加藤貞蔵の探索を依頼されたが、加藤貞蔵が仏となった今、吉田一郎太を討ち果たす事が吉田真介の使命になった。

「これまでも吉田一郎太は、大名家などの不埒な武家を抹殺したので御座るか」
 驚いてそう訊く藤堂八郎に、吉田真介が言う。
「如何にも。亡骸はその武家が仕えていた大名家へ運ばれて内密に処分され、町方の預かり知らぬまま闇に葬られました」
「然らば、吉田一郎太の行方を捜さねばならぬが、どなたが探索の采配をお振りか」
 そう言って日野唐十郎は、藤堂八郎と吉田真介を見た。
 日野唐十郎は勘定吟味役配下の、特殊斬殺事件を担当する特使探索方だ。
 藤堂八郎は北町奉行所の町与力だ。
 そして、吉田真介は公儀若年寄直属の鳥見組頭に属する隠密役人、鳥見役人だ。

「加藤貞蔵斬殺は江戸市中の件にて、解決の采配は町方にありまする。私は藤堂殿の指示に従いまする」
 吉田真介は潔く藤堂八郎に吉田一郎太探索の采配を委ねた。むしろ、配下の探索方がこの場に居ない吉田真介にとって、その方が好都合だった。
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