二 知らせ

文字数 996文字

 霜月(十一月)三日。朝五ツ(午前八時)過ぎ。
 石田は浅草熱田明神そばの日野道場を訪れた。日野唐十郎は大名屋敷の剣術指南で出かけて留守だった。門弟に、明朝再訪問する旨を伝えると、石田の訪問を知った日野唐十郎の妻のあかねが、石田を道場の客用の座敷に上げて説明した。
「日野は、明日は道場詰めです。夕七ツ(午後四時)まで、ここに居ります。
 もし急ぎの事なら、私が伝えます」
 と日野唐十郎の予定を伝えた。

「では、大先生とあかね様に、話をお聞き願います」
「分かりました。伯父上を呼びますので、お待ち下さい」
 まもなく、日野道場主で日野唐十郎の伯父の日野徳三郎が座敷に現われた。
 石田は挨拶して今朝の一件を説明した。
「実は先ほど番小屋に、浪人を装った若い武家の男が依頼に現われました。
 依頼は全て北町奉行所へ届けて許可を得、その後に依頼を遂げている、と話したところ、男は何も依頼せずに渋々帰って行きました。
 男は名も居所も申しませんでしたが脇差しに『丸に笹と違え鷹の羽』の家紋ありました。
 以前、水戸徳川家上屋敷の侍の一件がありました故、気になりましたので報告に参った次第です」

 水戸徳川家上屋敷の侍の一件とは、水戸徳川家上屋敷に詰めている下級役人の倅たち三人が酔った挙げ句、日本橋呉服町二丁目で呉服屋を営む越前屋幸三郎(えちぜんやこうざぶろう)の長女を拐かそうとして日野唐十郎に諫められ、その後、三人が石田に日野唐十郎斬殺を依頼した一件だ。
 その後、三人は遊ぶための金子欲しさで、越前屋幸三郎の女房と大番頭から、妾とその娘の殺害を依頼されて実行しようとしたが、石田たちの尽力により、この三人を町方が捕縛している。その際、石田の機転で越前屋幸三郎は、女房と大番頭をいち早く離縁し、女房と大番頭の咎の連帯責任を免れている。


「男に、北町奉行所へ届け出て許可を得、その後に依頼を遂げている、との石田さんの機転が効きましたな。
 確かにひと月ほど前の夕刻、唐十郎が道場からの帰りに両国橋西詰めで、無銭飲食をした挙げ句に羽織を汚したと因縁をつけて煮売り屋を無礼討ちにしようとした、若い武家の狼藉を諫めた事があった。
 煮売屋と言うのは唐十郎が懇意にしておる担い屋台の者で、表立って動きはせぬものの、地元の香具師の元締で、藤堂様も知古の者。
 話はひと月ほど前に遡るが・・・」
 ひと月ほど前に遡って、日野徳三郎は説明した。
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