第6話 キレ芸

文字数 2,836文字

「あっ! いた!」
 才、紫織、凛空、西村が玄関ホールの中央付近に向かっていると、上階へ続く階段の踊り場に、ゲーム開始と同時に単独行動を始めた、あの、せかせかした女性が姿を見せた。


 

「あんたたち、どこにいたの!?」
 女性はドタドタと慌ただしく階段を下り、
「四人で動いていたの? 何か見つかった? まだ調べていない場所は?」
 才、紫織、凛空、西村に質問の散弾を放った。
「お、落ち着いてくださいよ」
「俺たちは洋館の東側にいましたが……」
 凛空と西村が対応するが、女性は一切聞く耳を持たず、一気にまくしたてた。
「東側には何かあった!? 謎解きとか! 変なものとか無かった!?」
「えっ!?」
「な、なんですか?」

「あたしは見つけた! で、色々とウザそうだったから、あんたたちを捜していた!」

 何を言っているんだ、と凛空、西村が顔をしかめた瞬間、女性はいきなりキレた。
「あったま悪ッ! ちゃんと会話しなさいよ! これだから頭の悪い男は……」
 女性がものすごくイライラしていることは誰が見てもわかるし、協力プレイが苦手なタイプということも伝わる。


 ……うん。この人は相手にしない方がいい。


 凛空、西村の二人の頭に浮かんだ答えは同じだった。

「あ、あの……」

 凛空と西村は匙を投げたが、才だけはなんとか、この女性とコミュニケーションを取ってみることにした。


 正直、才もこの女性が苦手だった。


 けれど、いちおう、この女性も〈脱出ゲーム〉に参加したプレイヤーの一人だ。才たちと別行動して得た情報は、攻略の役に立つかもしれないと思った。

「名前、聞いてもいいですか?」
馬場(ばば)明音(あかね)! ……で、それが何!?」
「あ、いや……。これから情報交換をするので、名前を知っていた方が会話しやすいと思って……」
「情報交換?」
 明音はジッと才を見つめた。
「やるならやるって、先に言いなさいよね。さっさと始めましょう」
「は、はい……」
 才は自分の判断で、情報交換をする流れを作ってしまった。そのことを他の人たちから咎められるかと思ったが、凛空と西村は「ナイス」と呟いて、才の肩を叩いた。


 凛空と西村は、なんでもいいから、明音を大人しくさせたかったのだろう。

「あんたたちが先に喋ってくれない?」
「才君」
「え、おれですか?」
「頼んだよ」
 相性的に、才の方が明音との対話に向いていると判断したのだろう。西村は才を盾に使い、黙ってしまった。
「えっと、じゃあ……。洋館東側にあった部屋とか、見つけたものとか、色々話しますね……」
 メモ用紙を開いた瞬間、明音の手が伸びてきたので、才はサッと身を引いた。
「ちょっと! なんで逃げるの!?」
「いや、つい反射的に……」
「それ、あたしに見せてよ!」
「いや、それはちょっと……」
 紫織と才だけが知っていることもメモ用紙に書いている。紫織との約束を守るために、明音に渡すわけにはいかなかった。
「これ、おれが普段、学校で使っているメモ用紙で……。す、好きな女の子のこととか書いてて、その……。誰にも見られたくないんですよね……」
 才は、なんとか嘘で切り抜けようとした。
「あんたそんなこと書いてんの? めっちゃキモいんだけど!」
「ええ、まぁ、はい……。だから、メモ用紙を渡すのは嫌ですね……」
「プライバシーの侵害……。いけないと思います……」
 紫織が助け舟を出してくれた。


 それはありがたいが、ずっと黙っていた彼女が、まるで才を守るかのように喋り出したのは、ちょっと、危ない橋渡りだ。


 単独行動していた明音はともかく、「実は、この二人は陰で結託しているのでは?」と凛空と西村に疑われ、メモ用紙を見せられない理由を追及されたらマズい。

「馬場さん。オレたちは敵同士じゃあないんだから、仲良く情報交換しましょうよ」
「馬場さんだって、秘密にしたいことの一つや二つ、あるでしょう? 才君の密やかな趣味に、俺たちが口出しするのは間違いだと思いますよ」

 凛空と西村が才の味方になってくれたのは嬉しい。


 ……でも、違う。違うんだよ。おれにそんな変態趣味は、本当は無いんだよ……。


 そう叫びたいが、言えない。メモ用紙を見られたくない本当の理由を隠すために、才は仲間たちにドン引きされる覚悟で嘘をつき続けなければいけなかった。

「な、なんなのあんたたち……! みんなしてそいつの味方して、あたしが全部悪いって言いたいの!?」
「ち、違いますよ。才君の趣味は、このゲームに関係の無いことじゃあないですか。ゲームに関係する話をしましょうって、オレたちは言いたいんですよ」
「じゃあゲームに関係するところだけ見せてよ! そのメモ用紙に書いてあるんでしょう!?」
 よこせ、と明音は才に向かって手を振った。
「絶対に嫌です」
「コイツ、何か隠している! みんなに言えない秘密を隠しているんだ!」
 この人、なかなか痛いところを突いてくる。


 そんなにメモ用紙の話題を膨らまされたら、見せなくてはいけない流れができあがってしまうではないか。


 凛空と西村はまだ才側にいるが、明音が一歩も退かずに喋り続けたら、面倒くさくなって思考を切り替えるかもしれない。「そんなに言うなら見せてあげたら?」などと周りが言い始めて、メモ用紙の中をすべて確認されたら、今よりもっと面倒な事態に発展する。

「ああ、そうですか……! じゃあ、もういいですよ! そんなに言うなら、こんなもの捨ててやる!」
 才はメモ用紙を握り締めて、怒ったフリをした。
「おれがどんな変態趣味を持っているのか、そんなに知りたいんですか!?」
「は、はぁ!? なんなの、いきなりキレて!」
「もうゲームなんてやってられない! こんなもの、細切れにしてトイレに捨ててやる!」
「お、おいおい! ちょっと待ってくれよ!」
 一人で歩き出した才の進行方向に、西村が回り込んだ。
「西村さん、おれもう嫌ですよ! だって、みんなしておれのこと、心の中でほくそ笑んでいるんですよね!? おれ、悪いけどそんな人たちと仲良くゲームなんてできないです!」
「そ、そんなわけないじゃあないか! そのメモはゲームクリアに必要なものなんだろう!? 捨てたらダメだよ!」
「謝る! オレが代わりに謝るよ、ごめん! 機嫌直してよ、才君~!」
 短い付き合いだが、才は凛空と西村のおおよその性格を把握していた。一番最初に、チームプレイを選んだ二人だ。チームの輪が乱れれば、当然、それを直そうと必死になる。


 才は話の流れを不利な方向へもっていかれないよう、自身が台風の目となって場を滅茶苦茶にする作戦を実行した。


 これだけ場が荒れれば、明音もこれ以上、メモ用紙に関して追求したくなくなるだろう。

「面倒くさいなぁ……」
 明音は溜息を吐き、大騒ぎする才に言った。
「もういいって、わかったから。もうメモ用紙よこせとか言わないから、情報交換しよう」
「もう二度と……! おれの趣味を詮索しないでください……!」
「わ、わかったよ……」
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登場人物紹介

名前:佐藤才(さとう はじめ)

性別:男

年齢:17歳。


特徴:眼鏡をかけた男子高校生。『異世界転生』という願いを叶えるためにゲームに参加する。

名前:女(おんな)

性別:女

年齢:不明。


特徴:ミステリアスな女。脱出ゲームの主催者(?)。

名前:夕凪紫織(ゆうなぎ しおり)

性別:女

年齢:18歳。


特徴:前髪で片目を隠した女子高生。『生まれ変わり』という願いを叶えるためにゲームに参加。

名前:西村兵司(にしむら へいじ)

性別:男

年齢:32歳。


特徴:建設会社で働く、大柄な男。『借金で苦しむ家族を救う』という願いを叶えるためにゲームに参加。

名前:馬場明音(ばば あかね)

性別:女

年齢:23歳


特徴:せかせかしている女性。『ぶっ殺したい奴をぶっ殺す』という願いを叶えるためにゲームに参加。

名前:円谷凛空(つぶらや りんく)

性別:男

年齢:20歳


特徴:ゲームが大好きな大学生。『一生楽して暮らせるほどの大金を得る』という願いを叶えるためにゲームに参加。

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