第12話 亀裂

文字数 4,492文字

「あんた一人で捜しに来てくれたんだ! あたしのこと、心配だったの!?」
 明音は紫織の登場を都合よく解釈し、一人で勝手に喜んでいた。
「二人とも怪我しています……。何があったんですか?」
「落とし穴に引っかかったの。下にある物がクッションになって死なずにすんだのはラッキーだったわ」
「よかったですね」
 紫織は明音と普通に会話している。才だけではなく、紫織も、明音が完全な悪ではないと気づいたのだろうか。


 でも、紫織は二階へ行く前、西村や凛空と同じように、明音に対して警戒心を抱いていたように感じられた。警戒していたから、明音との会話を避けていたのだと思っていた。


 けれど、それは才の勘違いだったのか。紫織は明音のことを警戒していたわけではなく、会話のタイミングをつかみ取れなかっただけだったのか。


 となると、紫織がここに来たのは、明音の言う通り、心配だったのが理由か。紫織は明音の無事を確かめるために、ここへ来た。西村と凛空と別れて、たった一人でここへ……。


 いや、違う。それはおかしい。


 一緒にいる西村と凛空が、紫織の単独行動を理由もなく簡単に許すとは思えない。

「夕凪さん。西村さんと円谷さんは、今どこにいるの?」
 紫織は無言で首を横に振った。
「し、知らないの? じゃあ、夕凪さんは誰にも何も言わずに、一人でここに来たってこと?」
「はい……」
 落とし穴で一階西側に落とされた後、才は助けを求める声を上げた。その声を聞いたのは、紫織だけだった。だから紫織は一人でここへ来た。……となると、紫織は明音ではなく、才の声に応えてここへ来たことになる。明音のために、というのはやっぱり違う。


 紫織には、間違いなく才の声が届いていた。紫織には聞こえていて、西村と凛空には聞こえなかった、なんてあり得るのだろうか。


 才が明音と二階西側に二人だけで入った時、紫織は、西村、凛空と三人で玄関ホール二階に待機していたはず。だから仮に、紫織だけに才の声が聞こえていたのだとしても、西村と凛空に何も言わず、一人で一階の西側に行くなんて変だ。西村と凛空は絶対に、紫織に行動の理由を訊くはずだから。

「どういうことなの? 夕凪さんは、西村さん、円谷さんと一緒にいたんだよね?」
「いなかったです……」
「え? な、なんで?」
 西村と凛空が紫織を残してどこかへ消えた。その後、紫織が才の声を聞き、一人で一階西側に来た。紫織が才の声を聞いた時、すでに西村と凛空はその場から消えていたみたいだ。


 ということはつまり、才と明音が二階西側で落とし穴に引っかかった後か、その前に、玄関ホール二階で、紫織、西村、凛空の三人がバラバラに行動せざるをえない問題が発生したのだと考えられる。

「夕凪さん。おれと馬場さんが二階西側に入った後、何があったのか教えてくれない?」
「どうでもいいじゃん! それよりも大事な話がある!」
 明音が無理やり話題を変えた。
「あたしと才は仲間なんだけど、あんたも仲間にならない?」
「わたしが、ですか……?」
「そう! これからは、あたしとあんたと才の三人チームでゲームクリアを目指すの! ねっ、いいでしょう!?」
「えぇ……?」
 あぁ、もう滅茶苦茶だ。何を言っているんだ、この人は。


 紫織が一人で行動できている理由を解明する前に、明音が別の問題を持ってきてしまい、才は脳ミソが沸騰しそうになった。


 どの問題から対処すればいいのか。才が迷っていると、突然、上から石が擦れるような音が聞こえ、部屋の天井の一部が扉のように開いた。


 才と明音が二階で引っかかった落とし穴が、再び作動したみたいだった。


 引っかかった人物は、すぐわかった。抱き合って落下してくる二人の男。西村と凛空だ。


 才と明音が落ちた時、クッションになってくれた物はもう無い。あるのは散らばったガラス片と、硬い床だけだ。


 西村と凛空は床に叩きつけられた。西村はダイレクトに身体を強打したが、凛空は西村がクッションになったのでそこまでのダメージはないはずだった。

「に、西村さん! 大丈夫ですか!?」
「おい、お前ッ! よくも俺たちを罠にはめたな!」
 西村はすぐさま起き上がり、明音を怒鳴りつけた。
「才君だけじゃあなく、俺と円谷君も落とし穴で殺す気だったのか!?」
「するわけないじゃん! 才はあたしの仲間なんだから! あんたは別に、死んでもよかったけどね!」
「なんだと!?」
「待ってください! 話を、話を聞いてください!」
 落下のダメージをまったく受けていない西村の耐久力も気になるが、それよりも、目の前で起こる喧嘩を止めるのが先決だ。
「落とし穴があったことは、おれも馬場さんも知らなかったんです!」
「いや、それはおかしいぞ! 馬場さんは、俺たちよりも先に二階に行ったのに、どうして落とし穴を知らないんだ!? おかしいじゃないか! 才君はその女に騙されているんだ!」
「騙してないっつーの! あたしは本当に、あの部屋に落とし穴があるって知らなかったのッ!」
「……条件があるんですよ、たぶん」
 凛空が首を片手で押さえながら言う。


 西村がクッションになったとはいえ、完全無傷というわけにはいかなかったらしい。首をどこかにぶつけたのか、あるいはガラスで切ってしまったのか、手で隠されていて傷はよく見えないが、凛空が苦しんでいるというのは歪んだ表情から伝わってくる。

「時間差だったり、重量だったり、人が二人以上中に入ると作動する仕組みだったり……。西村さんだけ入った時、落とし穴は作動しなかったので、何か条件があるのは間違いないです」
「そうそう、そうだよ! あたしの時も、そうだった! あたし一人で、普通に部屋の中を歩き回ることができた!」
「うん……」
 西村の怒りの炎が鎮火していくのを感じ、才は安堵した。
「わかった。落とし穴の件は納得したよ。……でも、問題はもう一つある」
 西村と目が合い、才はうんざりした。


 一体いくつ問題を背負わせれば気が済むんだ。もう勘弁してくれよ……。

「なんでしょうか……?」
「はっきりさせたい。才君は、どっちの味方なんだ? 俺と円谷君の仲間なのか。それとも、その女の仲間なのか」
「なんで、そんなことを聞くんですか……?」
「馬場さんが、才君を仲間だと言っていただろう。才君は、俺と円谷君の仲間ではなかったのか?」
「才! ここは正直に答えていいよ! 『ボクはお前みたいな馬鹿の仲間ではありません』って!」
「そうなのかい、才君?」
「いや、ちがっ……」

 なんなんだ一体。なんでそうなるんだ。ふざけるな。


 才は両の手を握り締め、俯いた。

「なんで、なんでだよ……? なんでみんな、おればっかりに背負わせるんだよ……!」

 才は怒りを通り越して悲しくなった。


 変態扱いされる覚悟で紫織との約束を守り、西村と敵対しないよう立ち回り、明音を仲間の輪に入れるために身体を張った。


 才は最初からここまで、仲間のために行動してきた。問題が起こるたびに頭を回転させて、解決しようと努力した。


 それなのに、何をやっても結果は毎度、悪い方へ行ってしまう。


 ……何が悪い? 何がいけなかった? じゃあ逆に、おれは何をすればよかったんだ?


 悲しみの臨界点を超え、才はついに、涙を流した。

「おれ、おれは……! おれはみんなのために、うぅ……! みんなでゲームをクリアしたいだけなのに……! ちくしょう、ちくしょう……!」
 才は溢れ出る涙を両手で拭った。


 拭いても拭いても、涙が止まらない。


 才は子供のように、ただ泣き続けた。

「才君……」
「佐藤さん……」
「もういい! くだらない!」
 何を思ったのか、明音がいきなり叫んだ。
「あんた、西村だっけ? あんたってホント、最低のクズだよね!」
「あ?」
 何の話だ、と言いたげな目で西村は明音を見下ろした。
「あんたさぁ、そんなに才をイジメて楽しいの? あんたはあたしが危険人物に見えているみたいだけれど、あたしから言わせれば、あんたが一番の危険人物よ」
「それは、どういう意味だ?」
 明音は溜息を吐き、才と紫織の手を掴んだ。
「あたしたちは仲間だから。あたしたちは、三人でゲームクリアを目指す。あんたはあんたで、勝手にすればいい」
「…………」
 西村の中ではもう結論が出ていたのかもしれない。


 明音は仲間ではない。才と紫織も、仲間ではない。


 才と紫織の手を引いて部屋を出て行こうとする明音を止めず、西村は黙って立っていた。

 才と紫織、明音が部屋を出て行った後、凛空は棒立ちする西村に近づいた。
「西村さん。大丈夫ですか?」
「……ああ」
 西村は軽く頭を振り、凛空と向き合った。
「チームのメンバーが俺たちだけになってしまったね」
「そりゃあまぁ、西村さんがあんなこと言うから……。こっちから謝らない限り、才君たちはもう、オレたちに協力してくれないと思いますよ」
「それは向こうも同じだろう。食べ物と飲み物が欲しいなら、こちらに頭を下げなくてはいけない」
「…………」
 無言になった凛空を見つめ、西村は首を傾げた。
「……? どうした?」
「いえ、別に……。それより、これからどうしますか?」
「出口を探そう」
「じゃあ、ここから行けるところ、見て回りましょうか」
「うん。そこら中にある、置物が怪しいな……」
 歩き出した西村を、凛空は呼び止めた。
「西村さん」
「ん?」
「本当に、これでいいんですか?」

 西村は凛空を無視した。西村は敵か味方かの判別が極端で、敵とみなした者には容赦がない。その気になれば、あれだけ仲間だといっていた才にも容赦なく手を出すだろう。女だろうが子供だろうが関係ない。敵は敵、どれだけ傷つけても西村にとっては正義の鉄槌なのだ。


 もし仮に、凛空までもがこの男の傍を離れていったら……。西村は今以上に暴力的な変貌を遂げて、周囲の者たちに襲いかかる化け物になってしまうだろう。

「……なんか、ごめん」
 玄関ホール一階に着いていきなり、明音が才と紫織に謝った。
「あいつらに対しては悪いと思っていないけれど、あんたたちには悪いことしたと思っている」
 明音はゲーム開始時の勝手な単独行動から始まり、才、西村、凛空の三人の仲を引き裂いた。


 だが、明音は謝った。自分が誰に対して何をし、誰に対して迷惑をかけたのかわかっている。邪魔ばかりする人だけれど、才はどうしても、明音を心の底から憎むことができなかった。

「これから、どうしましょう……?」
 泣き腫らした目元を手で擦って、才が明音に訊いた。
「ゲームを終わらせる。あんたたちと、あたしの三人でね」
「どうやって脱出するのか。その答えは出ているのですか?」
 明音は黙ってしまった。


 ちょっと、問い詰めすぎたかもしれない。


 チームの輪を滅茶苦茶にした明音に対する怒りが、才を少し意地悪な性格にしてしまったらしい。

「今日はもう、どこかで休みませんか? 今が何時なのかわからないですけれど……」
「二十時十分……」
 紫織が自分のスマホを見ながらぼそりと呟いた。
「休むなら、二階に良い場所があるよ」
 明音は才と紫織を、二階の東側に案内した。
ワンクリックで応援できます。
(ログインが必要です)

登場人物紹介

名前:佐藤才(さとう はじめ)

性別:男

年齢:17歳。


特徴:眼鏡をかけた男子高校生。『異世界転生』という願いを叶えるためにゲームに参加する。

名前:女(おんな)

性別:女

年齢:不明。


特徴:ミステリアスな女。脱出ゲームの主催者(?)。

名前:夕凪紫織(ゆうなぎ しおり)

性別:女

年齢:18歳。


特徴:前髪で片目を隠した女子高生。『生まれ変わり』という願いを叶えるためにゲームに参加。

名前:西村兵司(にしむら へいじ)

性別:男

年齢:32歳。


特徴:建設会社で働く、大柄な男。『借金で苦しむ家族を救う』という願いを叶えるためにゲームに参加。

名前:馬場明音(ばば あかね)

性別:女

年齢:23歳


特徴:せかせかしている女性。『ぶっ殺したい奴をぶっ殺す』という願いを叶えるためにゲームに参加。

名前:円谷凛空(つぶらや りんく)

性別:男

年齢:20歳


特徴:ゲームが大好きな大学生。『一生楽して暮らせるほどの大金を得る』という願いを叶えるためにゲームに参加。

ビューワー設定

文字サイズ
  • 特大
背景色
  • 生成り
  • 水色