第8話 二人
文字数 2,851文字
明音から三メートルほど距離をとって、凛空は言う。
凛空には明音が、人を騙して殺害するサイコキラーにでも見えているのかもしれない。
口ごもる凛空を一瞥して、明音はフンと鼻を鳴らした。
耳にキンキン響く声で怒鳴り、明音は肩を振りながら才に近づいた。
凛空と西村は慌てて明音に抗議した。
明音が一喝すると、凛空と西村は「うおっ!?」とのけぞった。
才は、内心、悪い提案ではないと思った。
凛空と西村、紫織の三人と話ができる才が、その三人から警戒されている明音と信頼関係を結ぶことができれば、参加者全員と才だけがコミュニケーションをとることができるようになる。
才が皆の仲介役となって活動できるようになれば、五人全員でのゲームクリアを目指しやすくなるだろう。
才は自分の貧弱な身体を見て、少し悲しい気持ちになった。
さすがに我慢の限界がきたのか、西村が明音に、強気に言い返した。
相談というより、正しくは説得だが、とにかく、落ち着いて話し合う時間が必要だ。
才は、凛空、西村と身を寄せ合い、コソコソと喋った。
凛空は才の考えに同意してくれそうだが、西村だけは、
敵か味方か、どちらかはっきりさせたい、極端な考えで才の頭を悩ませた。
西村はショックを受けたような顔になった。
凛空は苦笑して、言った。
「落ち着いて、考えてください。オレと才君は、この〈脱出ゲーム〉を脱落者0 でクリアしたい。そのためには参加者五人全員の協力が必要不可欠。でも、西村さんは――いや、正直言ってオレも、一部のプレイヤーと仲良くゲームをクリアしようってならないです。『人を殺すため』とか、ヤバいこと言う人と仲良くなんて、嫌っすわ」
西村はうんうん頷いた。
「けれど、もし仮に、ゲームのクリアに『参加者五人の協力が必要』とわかったら……。後々になって、正確なゲームのクリア条件が判明した時、みんなの気持ちがバラバラだったら、オレたちはここで死にますよ。互いに足を引っ張り合って、罵り合って、馬鹿みたいに飢え死にするんですよ」
「オレだって嫌っすよ。でも、才君だったら、それができるかもしれないんですよ。オレと西村さんができない仕事を、才君なら……。オレたちの代わりに才君が馬場さんと仲良くなってくれたら、才君を仲介役として、参加者全員と情報共有ができるようになります」
才はなんだか、自分が、手紙を届けるフクロウに思えてきた。
明音が急かす。
笑顔で手を振る凛空と、何か言いたげにこっちを見つめる西村を残して、才は明音に近づいた。
才は、明音が他のゲーム参加者たちから警戒されていることを話そうかと思ったが、今その話をすると、また面倒な言い合いが始まりそうな気がしたので、やめた。
突然、スマホをいじりだした才を見て、明音は眉間にしわを寄せた。
才が動画を撮るのは、情報共有のためというのも理由の一つだが、一番の理由は、『才が凛空や西村を裏切って明音と陰で悪いことをしていない』という証拠を残すためだ。
それに、明音とのやり取りを撮った動画を見せることで、凛空と西村の、明音に対する印象が変わるかもしれない。……というか、できれば変わってほしい。変わってくれたら、才が仲介役という面倒なことをしなくて済むようになるから。
動画撮影禁止、などと言われていたら面倒だったが、大丈夫そうだ。
才は片手でスマホを構えたまま、もう片方の手で、明音の傍にあるドアに触れた。