第8話 二人

文字数 2,851文字

「あの、ちょっといいですか?」
 明音から三メートルほど距離をとって、凛空は言う。
「冗談だと思って聞いてほしいんですけれど……。罠を仕掛けて、オレたちを殺そうって考えてないですよね?」
 凛空には明音が、人を騙して殺害するサイコキラーにでも見えているのかもしれない。
「はぁ!? そんなことしたって、あたしに何もメリットがないじゃない!」
「で、ですよねー……。すみません。なんか、変な質問しちゃって……」
「あんた、あたしが悪いことするんじゃないかって思ってるの!?」
「ち、違います違います! オレは別に……」
 口ごもる凛空を一瞥して、明音はフンと鼻を鳴らした。
「だったら、いいわよ! あんたはそこで大人しくしていればいい!」
 耳にキンキン響く声で怒鳴り、明音は肩を振りながら才に近づいた。
「な、なんですか?」
「あんた、名前は?」
「さ、佐藤才です……」
「才。あんただけ、あたしとついて来て」
「ええーっ!? なんでなんで!?」
「俺たちも同行する、と言ったはずですよ!」
 凛空と西村は慌てて明音に抗議した。
「うるさい!」
 明音が一喝すると、凛空と西村は「うおっ!?」とのけぞった。
「あんたたちはウザいから来るな!」
「は、話が違いますよ! それに、どうしておれなんですか?」
 才は、内心、悪い提案ではないと思った。


 凛空と西村、紫織の三人と話ができる才が、その三人から警戒されている明音と信頼関係を結ぶことができれば、参加者全員と才だけがコミュニケーションをとることができるようになる。


 才が皆の仲介役となって活動できるようになれば、五人全員でのゲームクリアを目指しやすくなるだろう。

「どうしてって……。あんたが一番、弱そうだからよ!」
「ええ……」
 才は自分の貧弱な身体を見て、少し悲しい気持ちになった。
「いい加減にしろ。何様なんだ、あんたは」
 さすがに我慢の限界がきたのか、西村が明音に、強気に言い返した。
「才君はあなたの従者じゃあない。才君も、無理して馬場さんの言いなりになることはないよ」
「あんたの意見なんてどうでもいい! 決めるのは才だから!」
「ち、ちょっと待ってください! ちょっとだけ、相談の時間をください!」
 相談というより、正しくは説得だが、とにかく、落ち着いて話し合う時間が必要だ。
「何よ! あたしだけ除け者にして、あんたたちだけで内緒話するの!?」
「すぐ終わります! お願いします!」
 才は、凛空、西村と身を寄せ合い、コソコソと喋った。
「ちょっと、おれだけで行ってもいいですか?」
「やめといた方がいいって! 何されるかわからないよ!?」
「才君、あんな社会不適合者は放置しよう。俺たちだけでゲームクリアを目指さないか?」
「確かに、馬場さんは、ちょっと絡み辛いタイプですが……。一人だけ、放置はよくないですよ。おれは五人でのゲームクリアを目指しているので、馬場さんにも協力したいです」
「う~ん……。まぁ、確かに、オレもできれば五人でゲームクリアしたいしなぁ……」
 凛空は才の考えに同意してくれそうだが、西村だけは、
「つまり、才君は俺や円谷君を裏切るってことかい?」
 敵か味方か、どちらかはっきりさせたい、極端な考えで才の頭を悩ませた。
「いや、ちょっと待ってくださいよ西村さん。おれは別にそんなつもりは……」
「才君は、俺や円谷君ではなく、馬場さんの味方になるってことだろう? 裏切り以外の、何と言うんだ?」
「あの、ちょっといいですか西村さん。オレは才君の考えに賛成っすわ」
 西村はショックを受けたような顔になった。
「円谷君もなのか!? みんな、馬場さんの方へ行くって言うのか!?」
「いやいや……。ちょっと落ち着けよ、オッサン」
 凛空は苦笑して、言った。
「落ち着いて、考えてください。オレと才君は、この〈脱出ゲーム〉を脱落者(ゼロ)でクリアしたい。そのためには参加者五人全員の協力が必要不可欠。でも、西村さんは――いや、正直言ってオレも、一部のプレイヤーと仲良くゲームをクリアしようってならないです。『人を殺すため』とか、ヤバいこと言う人と仲良くなんて、嫌っすわ」
「ああ。それは、そうだろう」
 西村はうんうん頷いた。
「けれど、もし仮に、ゲームのクリアに『参加者五人の協力が必要』とわかったら……。後々になって、正確なゲームのクリア条件が判明した時、みんなの気持ちがバラバラだったら、オレたちはここで死にますよ。互いに足を引っ張り合って、罵り合って、馬鹿みたいに飢え死にするんですよ」
「……ああ。そうかもしれないね」
「そんな最悪の結末、嫌でしょう? だから、オレたちは協力し合わないと」
「ああ……。だが、俺はあんな女と協力なんて……」
「オレだって嫌っすよ。でも、才君だったら、それができるかもしれないんですよ。オレと西村さんができない仕事を、才君なら……。オレたちの代わりに才君が馬場さんと仲良くなってくれたら、才君を仲介役として、参加者全員と情報共有ができるようになります」
 才はなんだか、自分が、手紙を届けるフクロウに思えてきた。
「ねえ! いつまでやってんの!?」
 明音が急かす。
「もう行かないと……。西村さん、おれは絶対に、あなたを裏切りませんから。円谷さんも、おれは仲間だと思っています」
「うん。オッサンはオレが説得するから、行ってきてよ」
「はい……」
 笑顔で手を振る凛空と、何か言いたげにこっちを見つめる西村を残して、才は明音に近づいた。
「やっと終わった……。あんた、あいつらと何話していたの?」
 才は、明音が他のゲーム参加者たちから警戒されていることを話そうかと思ったが、今その話をすると、また面倒な言い合いが始まりそうな気がしたので、やめた。
「見つけたものはちゃんと共有しよう、とか……。そんな話です」
「ふ~ん。……って、あんた何やってんの?」
 突然、スマホをいじりだした才を見て、明音は眉間にしわを寄せた。
「スマホで動画を撮ります。撮った動画を後で他の人に見せるために」
「なんで? あんた以外のあいつらだけで、後で見回ればよくない?」
 才が動画を撮るのは、情報共有のためというのも理由の一つだが、一番の理由は、『才が凛空や西村を裏切って明音と陰で悪いことをしていない』という証拠を残すためだ。


 それに、明音とのやり取りを撮った動画を見せることで、凛空と西村の、明音に対する印象が変わるかもしれない。……というか、できれば変わってほしい。変わってくれたら、才が仲介役という面倒なことをしなくて済むようになるから。

「まぁ、その……。念のためです」
「ふ~ん、あっそ。撮るのはあんたの自由だけれど、あたしの胸とか尻とかスカートの中とか撮ったら、そのスマホを叩き割って、あんたをぶん殴るから」
「……気をつけます」
 動画撮影禁止、などと言われていたら面倒だったが、大丈夫そうだ。
「行きましょう。案内、よろしくお願いします」

 才は片手でスマホを構えたまま、もう片方の手で、明音の傍にあるドアに触れた。

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登場人物紹介

名前:佐藤才(さとう はじめ)

性別:男

年齢:17歳。


特徴:眼鏡をかけた男子高校生。『異世界転生』という願いを叶えるためにゲームに参加する。

名前:女(おんな)

性別:女

年齢:不明。


特徴:ミステリアスな女。脱出ゲームの主催者(?)。

名前:夕凪紫織(ゆうなぎ しおり)

性別:女

年齢:18歳。


特徴:前髪で片目を隠した女子高生。『生まれ変わり』という願いを叶えるためにゲームに参加。

名前:西村兵司(にしむら へいじ)

性別:男

年齢:32歳。


特徴:建設会社で働く、大柄な男。『借金で苦しむ家族を救う』という願いを叶えるためにゲームに参加。

名前:馬場明音(ばば あかね)

性別:女

年齢:23歳


特徴:せかせかしている女性。『ぶっ殺したい奴をぶっ殺す』という願いを叶えるためにゲームに参加。

名前:円谷凛空(つぶらや りんく)

性別:男

年齢:20歳


特徴:ゲームが大好きな大学生。『一生楽して暮らせるほどの大金を得る』という願いを叶えるためにゲームに参加。

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