第13話

文字数 1,800文字

       13

 蒲田から京浜東北線に乗った。次に品川で降りて山手線に乗った。深夜なのに乗客は多かった。半分は酔客だった。
 新宿で降りて歌舞伎町に向かった。ホストクラブの場所はあらかじめ携帯で調べていた。
 歌舞伎町交番の近くの雑居ビルに店はあった。店の営業時間はすぎていた。ホストは帰り支度をしているはずだ。
 雑居ビルの通用口を見張っていた。出てくるホストをつかまえるつもりだった。
 通用口からホストたちがぞろぞろと出てきた。その連中に向かって「桜井圭太を知っている人」と叫んだ。ほとんどは無視されたが、ひとりだけ興味を示して近づいてきた。金髪のニヤけた男だった。
「なに?」
 ニヤけた男はそういうと、タバコに火をつけた。
「桜井圭太を知っていますか?」
「ああ、知ってるよ」
「それはよかった。教えてほしいことがあるんだけど」
「もしかして刑事さん?」
「違いますよ」
「そう。ならいいけど。もしかしてトラブル?」
「そうなんですよ。金を貸していてね」
「大金?」
「五万ばかり」
「どうしたいの?」
「取り返したい」
「それは無理。たぶん取り返すのは無理だね。諦めたほうがいいよ。あいつ金に汚いからね。ここの連中も踏み倒されたヤツがたくさんいるもん」
「そうなんだ」
「ああ、そいで文句をいうとすぐにキレやがるし。度し難いよ。そいで、なに、教えてほしいというのは」
「彼が店を辞めた理由」
「辞めたんじゃないよ。クビ。クビだよ」
「クビなの。なんで?」
「営業成績ビリ。指名もなし。そいでもって仲間とトラブルばっかり。クビになって当然だよ」
「クビになったのはいつ?」
「九月のはじめごろだったかな」
「今年の?」
「そう、今年」
「店に入ったのはいつ?」
「店に三か月ぐらいいたから六月だね」
 ホストクラブをクビになって一か月後にコンビニでアルバイト。食うためにしかたなくコンビニに転職したに違いない。プライドが高い桜井はさぞかし鬱積した日々をすごしていただろう。それが猫への虐待へとエスカレート。それを小学生に注意された桜井は、今度は彼女たちへの殺意へとエスカレート。そして、ねじ曲がった性格はついに犯行に及んだ。おそらくこの見立てに狂いはないはずだ。いま言えることは、なんとしてでも真野亜美ちゃんの犯行を阻止しなければならないということだ。
「店のオーナーがあいつの遠い親戚なんだって。仕事を辞めてブラブラしていたあいつの親がオーナーに頼み込んだらしいよ。オーナーも頼まれたから渋々入れてやったらしい。だけど、本人にやる気がないんだからしようがないよね。結局、なんちゃってホストだったということさ」
 ホストは鼻から思い切り煙を吹き出すと、タバコを捨てて足で踏み消した。
「前の仕事ってなに?」
「ITの会社らしいよ。その会社を辞めたのは、うるさくいう上司をぶん殴ったからなんだとさ。本人が自慢そうにペラペラと喋ったんだよ。ほんと、バカだよね」
「彼はいまなにをしているか、知りたくない?」
「知りたくないね」
「ところで、もうひとつ教えてほしいことがあるんだ」
「なに?」
「彼の住まい。どこに住んでいるのかわからないかな」
「聞いてどうするの?」
「押しかけて金の催促」
「無駄だと思うよ」
「知っているんでしょう。彼の住まいを」
「知っているよ」
「行ったことがあるんだ」
「俺はないよ。行ったことがある仲間に聞いたんだよ」
「もしかして高級マンション?」
「そんなわけないでしょう。ワンルームマンションなんだって。家具なんかなんにもないんだってよ」
「教えてよ」
「そういうことって、いまいろいろとうるさいでしょう……」
 場合によっては喋るよ、と顔に書いてある。私は財布から一万円札を一枚抜き、ニヤけた男のスーツの胸ポケットに押し込んだ。この出費は痛い。だれに請求すればいいんだ。
「しかたないなあ」
 潤滑油の効果てきめんだった。ホストが勿体ぶって話してくれた。私は住まいの場所とマンション名を忘れないうちに頭のなかに書きとめた。住所は蒲田だった。
「あ、いけねえ。時間だ。これからオバさまとデートなんだ」
「え、そうなの。もしかしておたくはカリスマホスト?」
「違うよ」
「でも、人気ナンバーワンホストなんでしょう」
「まあ、なんとか」
 まんざらでもない顔だ。
「大変だね。人気ナンバーワンホストも」
「まあね。これも営業だよ」
「頑張ってね。いろいろとありがとう。オバさまによろしく」
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