第3話 悲しい初恋

文字数 1,738文字

 わたしが同じクラスの五木(いつき)慎二(しんじ)を好きになったのは、二年後の小学六年生の時だった。偶然にも彼は苗字の読み方が伊月と同じだったので、二人は揃って同級生たちから揶揄われることが日常茶飯事になっていた。

 ある時、五木くんが苛められている伊月を庇ったことがきっかけで、二人の距離感に微妙な変化が起きた。伊月は自分から名前を口にはしなかったけれど、わたしが尋ねれば誰も知らない彼の情報を詳しく話してくれた。

「ねぇ、亜由美ちゃんは五木くんのお誕生会に行くの?」

 ある時、伊月がわたしに聞いた。

「五木くんの誕生日? わたしは呼ばれてないよ」

 本当は招待状をもらっていた。だけど五木くんがわたしを招待した理由は「皆瀬さんに頼まれたから」だった。

「大丈夫だよ。亜由美ちゃんは私の親友だもん」

「ふうん、伊月の友達は特別なんだね」

「そういうことじゃないと思うけど……」

 これじゃ伊月のおまけ扱いじゃないか。わたしは五木くんに「ふざけるな」と言ってやりたかった。でも実際はふてくされるだけで、わたしの心の中は深い霧で覆い尽くされていた。

「わたし行かない。伊月は一人で行きなよ」

「なら私も行かないよ」

「そういうのやめてよ。同情されてるみたいじゃん」

「亜由美ちゃん、それは違うよ……」

 最終的に伊月は誕生会に行かなかったみたいだけど、わたしの気持ちが晴れることはなかった。

 紅葉が校庭に彩りを添え、課外学習の季節がきた。向かう先は県の南端にある自然公園。そこには植物園と小動物園、そして海が臨める岬がある。課外学習の目的はグループで自然公園を見学して、美しい景色を写真に収めることだった。

 グループ分けは、男女半々さえ守れば好きな者同士で組んでもよかったので、男子同士と女子同士の集まりはすぐに決まった。

 残る問題は男子と女子のグループをどう組み合わせるかだ。この時のわたしは伊月と一緒の三人組の中にいた。残りの一人は生嶋(いくしま)理恵(りえ)で、彼女とは六年生になってからの友達だった。

「ねぇ男子の方はどうする?」

 理恵が興味津々で意見を求めてきたけど、彼女には最初から考えがあるようだった。わたしはそれを訊く前から、漠然と嫌な予感がしていた。

「別にどのグループでもいいよ。どうせ男子なんてみんな幼稚で一緒だし」

 興味がないふりをして答えたけど、本当は五木くんのことで頭がいっぱいだった。

「私は亜由美ちゃんに任せるよ」

 伊月は横目でわたしを見ながら遠慮がちに呟いた。理恵は伊月に視線を送ってからニンマリとして言った。

「伊月ちゃんはやっぱり、五木くんがいるグループがいいよね」

 やはり嫌な予感が的中した。理恵もわたしと同じく、伊月と五木くんの仲を察している女子の一人だった。



 校外学習の当日。天気はわたしの心を投影したかように、灰色一色の曇天模様だった。わたしたちのグループは海の見える展望台を見学する予定で、園内にある岬に向かう必要があった。ところが岬は雨が降ると地面が滑って危険なので、雨天時の見学は禁止になっていた。

「こりゃあマジで降りそうだな」

 目的地に向かうバスの中、同じグループの杉浦が後部座席にいる宮田を睨んで言った。

「何だよ、俺のせいじゃねえだろ」

 わたしは宮田の隣に座っていて、後方では伊月と五木くんが並んで小さくなっていた。こんな席順を提案したのは理恵だけど、反対すると思っていた五木くんが異論を唱えなかったので、本当にこの席順になってしまった。

「なぁ北川もそう思うだろ?」

「えっ、なにが?」

 いきなり宮田に話を振られ、わたしは適当に相槌を打った。さっきから後ろが気になっていて仕方ないのに、彼の話を聞いている暇なんてどこにもなかった。

「さっきから元気ないけど、バスに酔ったのか?」

 宮田が浮かない様子のわたしを見て、余計な心配を始めた。

「宮田、もしかして北川が好きなのか?」

 話を聞いていたらしい杉浦が、ここぞとばかりに宮田を揶揄った。

「んなワケねぇだろ!」

「こいつ赤くなってる」

 男子たちがわたしたちを肴にして勝手に盛り上がり始めた。でもそのバカげたやり取りに巻き込まれたくなくて、わたしはムッとしたまま俯いた。ただでさえ伊月たちのことで悶々としているのに、さらに面倒が増えるなんて耐えられなかった。










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