第4話 岬に向けて

文字数 1,371文字

 午前十一時、バスは自然公園に到着した。お弁当を食べるにはまだ少し時間が早いけど、昼食の時間は各グループに任されていたので、周りでは早くも食事の準備を始めている生徒の姿もあった。

 天気が悪いせいか、園内に客は少なかった。でも雨は降り出していないので、今のうちに行けば岬を見学できるかもしれなかった。

「岬の見学、最初に行っちゃった方がいいよね?」

 わたしが聞くと理恵は、「もちろんだよ」と同意した。けれどそこに杉浦が割り込んできて、「早く飯にしようぜ」と言い出した。バスの中では天気の心配をしていたくせに、これだから男子はアホだと思った。

「なに言ってるのよ。見学が先に決まってるでしょ」

 理恵が杉浦に軽蔑のまなざしを向けた。

「うるせぇな。俺は腹が減ってもう動けないんだよ」

 杉浦が地面に倒れ込む演技をして、宮田がケタケタと笑った。

「じゃあ、多数決で決めようよ」

 このまま揉めていても仕方ないので、わたしは自分に有利な採決方法に持ち込もうと画策した。多数決なら、理恵と伊月の票はわたしと同じで確定している。もし宮田が杉浦に賛同したとしても、五木くんは伊月に合わせる可能性が高かった。

「じゃあ俺は昼飯に一票!」

 アホな杉浦がまんまと戦略に嵌まった。

「わたしは岬の見学に一票」

 わたしは伊月を見ながら言った。

「なら私も……」

「見学が先に決まってんじゃん!」

 想像した通り、伊月と理恵がわたしに続いた。これで三対一。あとは残りの男子の票にかかっていた。

「杉浦、本当に雨降りそうだぞ。先に見学した方がいいって」

 意外にも、四票目を入れたのは宮田だった。

「杉浦、昼食は後回しにしよう」

 最後に五木くんも票を投じたので、わたしたちは先に岬を見学することになった。丘をのぼって岬に出ると、辺りは強い潮の香りと深い霧に支配されていた。視界が悪く湿った空気が肌にまとわりついた。

「海が見えないね」

 霧の中で目を凝らしても、その先には灰色の海と空の境界線がわずかに見えるだけだった。



「やっぱり飯にしとけばよかったんだ」

 早くも杉浦のやる気が底をついた。

「展望台まで行けば霧も晴れるわ」

 理恵が自信満々で言った。パンフレットによれば、展望台は海から三十メートルの高さにあり、海面近くは岩場になっているらしい。

 耳を澄ますと、ここからでも激しく砕ける波の音が聞こえた。

「頑張れ、もう少しだ」

 五木くんが励ましてみんなが再び歩き出した。だけどすぐに伊月が立ち止まり、「怖いよ」と呟いた。

 思えば二年前の事故が起こったのも崖の上だった。わたしは崖先に背中を向けていて男の子が落ちる瞬間を直接見ていないけど、伊月は違う。きっと彼女はここに来て、当時の忌まわしい記憶が蘇っているのだろう。

「大丈夫だよ。展望台には柵があるってパンフレットに書いてあるから」

 わたしは震えている伊月の肩を抱いて言った。

「うん……」

「早くしないと本当に雨降るし」と杉浦がぼやいた。

「五木、皆瀬をおぶってやれよ」

 先を行く宮田が振り返って、揶揄うというよりは面倒くさそうに言った。五木くんと理恵が引き返してくるのが見えた。

「皆瀬さん、大丈夫か?」

 五木くんが近づいてきて伊月に声をかけた。

「大丈夫。亜由美ちゃん、迷惑かけてごめんね」

 伊月は謝ってわたしから離れると、五木くんと理恵に挟まれて歩き出した。









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