16. 氷耐性:+1

文字数 1,851文字

 夕陽が倉庫の窓から差し込み、ユータとドロシーの長い影を床に落とし始めた頃、二人の作業はようやく終わりを迎えた。

「じゃぁ、私はそろそろ……」

 ドロシーは最後まで丁寧に清掃を行い、満足そうな表情で孤児院の仕事に戻っていく。

「ありがとう、ドロシー。本当に助かったよ」

「どういたしまして。また手伝えることがあったら言ってね」

 ドロシーは優しく微笑みながら手を振った。

 ドロシーが去った後、ユータは最後の仕上げに取り掛かる。ナイフで薬指の腹をつつき、ぷくりと血を出すと慎重に氷結石(アイシクルジェム)に開けたくぼみに落とした。血液は瞬時に凍り、霜がついていく。

「これで……いいかな?」

 それを慎重に、ドロシーからもらった古銭のかけらと一緒に、剣の(つか)に埋め込んだ。

 できあがった剣を手に取り、夕陽に照らし、じっくりと眺めた。研ぎあとは少し(いびつ)だが、ステータスを見ると攻撃力は最大にまで上がっている。そして、思いがけない発見があった。

「えっ、『氷耐性:+1』?」

 なんと、新たな能力が追加されていたのだ。氷結石(アイシクルジェム)を埋め込んだことで、氷への耐性が付与されたということだろう。

「こりゃすごい……」

 俺は予想外の発見に胸が躍った。

(ということは、火耐性や水耐性も探せばあるかも……)

 古銭だけでなく、様々なアイテムで武器を強化できるかもしれない。俺はその無限の可能性にブルっと武者震いをした。

「よし、儲かったら魔法屋でいろいろ仕入れて試してみよう!」

 俺はグッとこぶしを握る。孤児が成り上がるには並大抵の方法では駄目だ。必死に活路を模索し続けない限り、大人たちにいいように足元を見られてしまうだろう。

 俺はゆっくりと深呼吸をする。

「さあ、明日からが本当の勝負だ……」

 不安と期待が入り混じりながら、俺は真っ赤な夕陽が落ちて行くのをじっと眺める。新たな挑戦に向けて心はいつになく高鳴っていた。


      ◇


 翌日の夕方、剣を二本抱え、ユータは息を切らしながら冒険者ギルドにたどり着いた。石造りの三階建て、年季の入った小さな看板にはかすれた文字でギルドと書いてある。中から漏れ聞こえる太い笑い声に、思わず冷汗が浮かぶ。エドガーも夕方にはここにいると聞いていたのだが……。

 ギギギギーッと軋むドアを開け、ユータは小さな声で挨拶した。

「こんにちはぁ……」

 酒とたばこの香りが鼻をつく。右手に広がる休憩スペースには、二十人ほどの厳つい冒険者たちがざわざわとしていた。

 俺は思わず息を飲む。ここは明らかに子供の居場所ではない。しかし、ここまで来て引き返すわけにもいかない……。

 不安そうにエドガーを探していると、艶やかな声が耳に届いた。

「あら坊や、どうしたの?」

 胸元の開いた服を着た若い女性魔術師が、ニヤリと笑いかけてくる。

「エ、エドガーさんに剣を届けに来たんです」

 つい緊張で声が震えてしまう。

「エドガー?」

 女性は眉をひそめ首をかしげていたが、振り返ると叫んだ。

「おーい、エドガー! 可愛いお客さんだよ!」

 奥のテーブルから、知ってる顔が手を振った。

「お、坊主、どうしたんだ?」

 エドガーの笑顔に、俺は少し安堵した。

「こ、これを届けに……」

 俺は勇気を振り絞り、エドガーのところまで行くと、紙に包んだ紅蓮虎吼(ぐれんこほう)剣を差し出す。

「昨日のお礼にこれどうぞ。重いですけど扱いやすく切れ味抜群です。防御もしやすいと思います」

「え!? これ?」

 エドガーは紅蓮虎吼(ぐれんこほう)剣の大きさに面食らう。

 エドガーが今まで使っていた剣はこういう長剣。

 ロングソード レア度:★
 長剣 攻撃力:+9

 それに対し、紅蓮虎吼(ぐれんこほう)剣は圧倒的な差をつけている。

 紅蓮虎吼(ぐれんこほう)剣 レア度:★★★★
 大剣 強さ:+5、攻撃力:+40、バイタリティ:+5、防御力:+5、氷耐性:+1、経験値増量

 しかし、エドガーの表情には戸惑いが浮かんでいた。

「大剣なんて、俺、使ったことないんだよなぁ……」

 その言葉に、ユータの心臓が少し早くなる。

「一度振ってみてください! そうすれば良さが分かります!」

「いやぁ、でも……」

 エドガーは剣の大きさを変えるリスクに渋い顔をする。

 その時、そばにいた僧侶の女性が声をかけた。

「裏で試し切りしてみたら? これが使いこなせるなら相当楽になりそうよ」

 丸い眼鏡を上げながら、彼女は優しく微笑んだ。

 エドガーはジョッキのエールを一気に飲み干すと、決意を固めたように立ち上がった。

「まぁやってみるか」

 ニコッと笑って、俺の頭を優しく撫でる。その温かな手のひらに、俺は安心感を覚えた。
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