第46話 罪人

文字数 1,301文字

 ――まさか、また会えるとは思っていなかった。
 ありもしない罪を着せてまで、遠ざけようとする程に嫌われてしまったことが、悲しかった。
 本当のことを知ればきっと、一緒に悲しんでくれる。殺人を辞さない程に怒ってくれる。
 わかっていたから、知られたくなかった。罪を、犯してほしくなかった。

 いいえ、きっとそれだけではなくて――ただ、知られたくなかった。私の身が穢れたことを。

 知られたくなかったけれど、これで良かったのかもしれない。最後に、想いを伝えることができた。

 ――私は、罪を犯しました。
 主が禁じられた、愛。

 最初、男だと信じていた頃、私は確かにルキウスに恋していた。命すら厭わない程の、強い想いだった。
 本当は女性だと知って、辛かった。
 男の姿をするのは宗教上の罪、性別を偽り皇帝の地位に就いたことは、法的にも罪。

 けれど、それでも告発などできなかった。
 ブリタニクスを――親友を失い、悲嘆にくれたルキウスを突き放すことなどできなかった。

 同情――あるいは、共鳴。そう思っていた。
 それが愛情に変わったのは、いつの頃からだったのだろう。

 自覚してからはずっと、罪の意識に苛まれ続けてきた。一層のこと、他の男性に想いを寄せられれば、と思ったこともある。

 でも、それは叶わなかった。どうしても、心の中からルキウスの面影を追い出すことができなかった。
 自分の身が滅びてもいい、そう思える程に恋い焦がれたのは、ただ一人だけだった。

 その人が、自分のために泣いてくれている。
 泣かないでと言ったけれど、本当は少し嬉しいなんて、不謹慎かしら。

 自然と、笑みが零れるのがわかった。
 涙に暮れていても、ルキウスは本当に綺麗だった。
 蒼い瞳、通った鼻筋、形の良い唇と、透き通るような白い肌――神が作ったとしか思えないような美貌を、もう一度この目に焼き付けておきたかった。
 たとえ暗闇に包まれても、眩しいくらいの輝きできっと、導いてくれるから。
 辿り着いた先に、たとえ悪魔が待っていたとしても、決して恨んだりしない。これは、私自身が望んだことなのだから。

 ああでも、もし神様の元に辿り着けたならお願いしてみよう。これから先、もしルキウスが罪を犯したとしても、許して下さるように――
 その罪は全て私が被るから、彼女を罰しないで下さるようにと。

 陽の元を歩いて、ルキウス。
 いいえ、あなたの守護神、アポロンのように太陽そのものになって、私を照らして。

 ふと、おかしくなる。
 死んでいこうとしているのに、私はなんて、くだらないことを考えているのだろう。これではまるで、幼い子供みたい。

 でも、それでいいのかもしれない。
 子供のように純粋な心で、ルキウスを愛した。たとえ罪なことであったとしても、これこそが私の生きた想い――証。

 その愛しい人の腕の中で死ねる。
 その人が、私のために泣いてくれている。
 私はなんて、幸せな罪人(つみびと)なのかしら。

 大好きよ、ルキウス。
 だからきっと――絶対、幸せになって……ね――……
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登場人物紹介

・ルキウス

後に暴君と呼ばれた、ローマ5代皇帝。

美貌の少年皇帝として、即位当初は市民の期待を集めていた。


・オクタヴィア

4代皇帝、クラウディウスの娘。帝位を継がせるため、ルキウスと婚姻。

穏やかで心優しい少女。

・ガイウス

ルキウスの側近。有能で品行方正な紳士。

「皇帝ネロ」に複雑な感情を抱いている。

・オト

ネロの悪友。

素行の悪いことで有名な男。けれどその真情は……?

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