第2話 夢野先生、ありがとう

文字数 1,417文字

 【起】
 同じ進学塾に通う二人の小学生六年生男子、忠法(タダノリ)、厳(イワオ)。それぞれ背格好も似ているが、成績も中の上で似たり寄ったり。自然と仲良くなり、愛称はそれぞれノリ、イワ。しかしそれぞれの家庭事情は全く異なる。ノリの父は銀行の法務担当。母はパートタイマー。イワの家はお寺で父は僧侶、母は幼稚園の先生だ。どちらも自分の家庭を窮屈に感じている。二人は塾の他、ネットゲームでも繋がっている。夏期講習を目前に控える今も伸び悩む二人だが、ネットゲーム上に同じ塾の講師、夢野が参加していることを知る。
 夢野もゲーム上で彼らの存在に気付き、距離を縮める。実は夢野は、塾講師が生活のメインになりつつあるが本職は大学院生、正確には貧乏なポスドクであった。電脳空間を通じ他人の意識を入れ替えて体験する技術の開発がテーマだった。ノリ、イワがそれぞれの状況にプレッシャーを感じ、そしてお互いを羨んでいることを知り、夢野は夏期講習の間だけ二人の意識を入れ替えてみようと提案する。そして二人はビビりながらもその提案に乗ってきた。
 【承】
 夏期講習の初日に電極をつけ、意識を入れ替えた。ノリの体にはイワの意識が、イワの体にはノリの意識が入った。イワはノリの家で、厳格なお小遣いの管理と約束事を経験した。約束をするときに書類を書かされることに面食らった。一方で急な葬儀が入ったりすることもないので土日はしっかり休みで九時まで寝ていても怒られず、遊びにも連れて行ってもらえる。またノリはイワの家で朝早く起きての読経やお盆のお勤めを経験した。うちはキリスト教ではない、とハロウィンの仮装やクリスマスのイベントがないことを知り、イワに同情した。また、お賽銭やお布施など、しっかりした値段が定まっていない世界に愕然とした。
 【転】
 二週間が経ち、だんだん今の暮らしのペースがつかめてきた。そんな折に途中、塾の親子面談があり、成績と志望校とについての話し合いがあった。やはり二人とも中の上であることは変わらず、最難関のK中学は無理だと言われてしまった。
 その夜、ノリはイワの父から、檀家さんたちの大切さを説かれながら、将来このシステムが廃れる可能性も大きいので、まずはお寺以外の何か手に職をつけることを勧められた。イワはノリの父母から、うちは継ぐべき家業はないので何をしてもよいが、人に迷惑はかけないようにだけは心するように言われた。そしてしっかり稼ぐことの重要性をこんこんと説かれた。
 元に戻ったイワは、弁護士を念頭に集中して勉強するようになった。手に職をつけると同時に、他人に迷惑をかけるやつを何とかしたいと思ったのだ。もちろん両親や檀家さんに迷惑をかけないように、寺の仕事も手伝おうと思った。元に戻ったノリは、将来に縛られない自分の自由さに感謝しつつ、柔軟な発想の土台になったであろう宗教に興味を持った。同時にきっちりしたシステムを宗教界に持ち込む必要性を感じ、経済学や経営学を学んで宗教界に乗り込むことを想像した。
 【結】
 暑い夏が終わり二人とも集中して勉強を続け、最難関の中学に逆転合格した。楽しい中学生活が待ち遠しい。一方、夢野の研究も結果は良好だったが、論文にまとめる作業が進まず、後輩に成果を奪われた。しかし二人の逆転合格により進学塾での評価が上がり、正規の講師として採用されることになった。来年度の六年生に同じことをするかどうかは、検討中である。
ワンクリックで応援できます。
(ログインが必要です)

登場人物紹介

登場人物はありません

ビューワー設定

文字サイズ
  • 特大
背景色
  • 生成り
  • 水色
フォント
  • 明朝
  • ゴシック
組み方向
  • 横組み
  • 縦組み