第1話 この恋は実るべきではない
文字数 1,879文字
この恋は実るべきではないのだと思う。
恋する女なら、きっと誰もがこう思っているはずだ。
大好きな人から求められたい、愛されたい。大好きな人と結ばれたい、と。私だって、そういう気持ちを持っていないと言えば嘘になる。
けれども、それ以上に思うのだ。大好きな人に幸せになってもらいたい、と。
私が人知れず凍えて生き絶える雪の中の兎なら、彼女はすべてを照らす太陽の光。決して肩を並べることのない存在。
だから、私は思うのだ。この恋は実るべきではないのだと。
真っ白なカーテンが風に揺れている。窓の外から聞こえるのは、今日も元気なあの子の声だ。
「おはようございまーす。先生っ」
「おお、おはよう。今日も元気だな」
「えへへー。元気だけがウチの取り柄だから」
いつも沢山の友達に囲まれて、同級生・後輩・先輩・教員、年齢や立場の違いなどものともせず、誰とでも明るく笑顔で接する女の子。
今日も彼女の微笑みは眩しすぎて、目を焼かれてしまいそうだ。
「きゃっ」
少し強めの風が吹いて、彼女のスカートがふわりとめくれかけた。彼女はピンク色のネイルが美しい指でそれをおさえて、周囲の人間に布の奥に隠れた秘境を晒すことをよしとはしない。
そして、何事もなかったかのように微笑み、友達との談笑に戻っていく。
私は一部始終を消毒薬のにおいに抱かれながら、じーーっと眺めていた。
それから、思い出したかのように、体がぶるりと震える。
「もう11月ですか。大人の体には、寒さがしみます」
私は換気中だった窓を閉めると、椅子から立ち上がった。点検のためデスクに並べていた薬の小瓶や、包帯、絆創膏の箱、それらを救急ボックスにつめこんで、木棚の上に戻す。
「朝の日課は終了です。この時間から生徒が来ることはあまりないですし、二度寝でもしましょうか」
ドサリ、と白衣を羽織ったまま無人のベッドに倒れ込む。
私の名は雪兎ハルカ、25歳。どこにでもある普通の女子高に勤めている、ちょっと人見知りな保健医だ。
保健医になった理由は特にない。ただ、なんとなく。両親が医者なので、深く考えることなく自分も医者を目指し、両親に勧められるがまま医大に入り、看護学科でこれといった夢も目標もないまま勉強をして、気がついたら保健医になっていた。
現在は平凡だが、悪くはない日々を送っている。
ぼんやりと天井の蛍光灯を眺めながら、あの子はどんな可愛い下着をはいていたのかな、なんて俗なことを考える。
きっと、私が履いている1000円もしないような安物の下着とは違って、レースがいっぱいで、可愛くておしゃれな2000円以上の下着を履いているのだろう。
「ああ、一緒に下着を買いに行ったり、してみたいなぁ」
そんなことを思いながら、点滅する蛍光灯を凝視する。取り替えないと、と思いながらも放置して一週間。そろそろ本当に変えないと切れてしまう。
だけど、布団が気持ち良すぎて動く気になれない。徐々に瞼も重くなっていく。いけない、こんな姿をあの子に見られたら。
「あはっ。先生、勤務中に何やってんの? さぼり? 見かけによらずワルだねぇ」
突然聞こえた甘い声に驚き、ベッドから転がり落ちる私。
「ちょっと先生、大丈夫?」
床に尻餅をついた状態で、窓の方を見る。さっきまで校門の方で元気よく談笑していたはずの彼女が、窓を開けて上半身を乗り出している。
「日向さん。あなたこそ何をやっているんですか」
「ミライでいいって言ってるじゃん。何って、登校だよ登校」
ミライは窓から保健室に侵入すると、持っていた靴を大きめのジッパー付きビニール袋に入れる。それから、別のジッパー付きから取り出した上履きに履き替えてみせる。そんなに大きな袋、どこで買えるのだろう。
「どうして昇降口から入って来ないのですか?」
「あそこ、生徒指導の村上先生がいんだよね。最近うるさくってさ。髪を染めすぎだのヘアピンつけすぎだの。別にこんなん普通じゃんね? 法律で禁止されてるわけでもないし、授業には出ているし、成績だっていいんだから、問題ないっしょ」
「服装のことはともかく、窓から入ってくるのはどうかと思います」
「えー? ハルカちゃんがそれ言うー? 先生だって、仕事中にさぼって居眠りしてたじゃん」
「むぐうっ」
私ってば、なんて格好がつかない教員なのだろう。
「あっ、そうだ。ウチね、昨日デッキ構成変えたんだっ。昼休み、調整つきあってよ。デュエろうぜ」
「まあいいですけど」
「約束だかんね。じゃ、そゆことで」
ビシっと敬礼してから、保健室を飛び出していく。まるで嵐のような子だ。
恋する女なら、きっと誰もがこう思っているはずだ。
大好きな人から求められたい、愛されたい。大好きな人と結ばれたい、と。私だって、そういう気持ちを持っていないと言えば嘘になる。
けれども、それ以上に思うのだ。大好きな人に幸せになってもらいたい、と。
私が人知れず凍えて生き絶える雪の中の兎なら、彼女はすべてを照らす太陽の光。決して肩を並べることのない存在。
だから、私は思うのだ。この恋は実るべきではないのだと。
真っ白なカーテンが風に揺れている。窓の外から聞こえるのは、今日も元気なあの子の声だ。
「おはようございまーす。先生っ」
「おお、おはよう。今日も元気だな」
「えへへー。元気だけがウチの取り柄だから」
いつも沢山の友達に囲まれて、同級生・後輩・先輩・教員、年齢や立場の違いなどものともせず、誰とでも明るく笑顔で接する女の子。
今日も彼女の微笑みは眩しすぎて、目を焼かれてしまいそうだ。
「きゃっ」
少し強めの風が吹いて、彼女のスカートがふわりとめくれかけた。彼女はピンク色のネイルが美しい指でそれをおさえて、周囲の人間に布の奥に隠れた秘境を晒すことをよしとはしない。
そして、何事もなかったかのように微笑み、友達との談笑に戻っていく。
私は一部始終を消毒薬のにおいに抱かれながら、じーーっと眺めていた。
それから、思い出したかのように、体がぶるりと震える。
「もう11月ですか。大人の体には、寒さがしみます」
私は換気中だった窓を閉めると、椅子から立ち上がった。点検のためデスクに並べていた薬の小瓶や、包帯、絆創膏の箱、それらを救急ボックスにつめこんで、木棚の上に戻す。
「朝の日課は終了です。この時間から生徒が来ることはあまりないですし、二度寝でもしましょうか」
ドサリ、と白衣を羽織ったまま無人のベッドに倒れ込む。
私の名は雪兎ハルカ、25歳。どこにでもある普通の女子高に勤めている、ちょっと人見知りな保健医だ。
保健医になった理由は特にない。ただ、なんとなく。両親が医者なので、深く考えることなく自分も医者を目指し、両親に勧められるがまま医大に入り、看護学科でこれといった夢も目標もないまま勉強をして、気がついたら保健医になっていた。
現在は平凡だが、悪くはない日々を送っている。
ぼんやりと天井の蛍光灯を眺めながら、あの子はどんな可愛い下着をはいていたのかな、なんて俗なことを考える。
きっと、私が履いている1000円もしないような安物の下着とは違って、レースがいっぱいで、可愛くておしゃれな2000円以上の下着を履いているのだろう。
「ああ、一緒に下着を買いに行ったり、してみたいなぁ」
そんなことを思いながら、点滅する蛍光灯を凝視する。取り替えないと、と思いながらも放置して一週間。そろそろ本当に変えないと切れてしまう。
だけど、布団が気持ち良すぎて動く気になれない。徐々に瞼も重くなっていく。いけない、こんな姿をあの子に見られたら。
「あはっ。先生、勤務中に何やってんの? さぼり? 見かけによらずワルだねぇ」
突然聞こえた甘い声に驚き、ベッドから転がり落ちる私。
「ちょっと先生、大丈夫?」
床に尻餅をついた状態で、窓の方を見る。さっきまで校門の方で元気よく談笑していたはずの彼女が、窓を開けて上半身を乗り出している。
「日向さん。あなたこそ何をやっているんですか」
「ミライでいいって言ってるじゃん。何って、登校だよ登校」
ミライは窓から保健室に侵入すると、持っていた靴を大きめのジッパー付きビニール袋に入れる。それから、別のジッパー付きから取り出した上履きに履き替えてみせる。そんなに大きな袋、どこで買えるのだろう。
「どうして昇降口から入って来ないのですか?」
「あそこ、生徒指導の村上先生がいんだよね。最近うるさくってさ。髪を染めすぎだのヘアピンつけすぎだの。別にこんなん普通じゃんね? 法律で禁止されてるわけでもないし、授業には出ているし、成績だっていいんだから、問題ないっしょ」
「服装のことはともかく、窓から入ってくるのはどうかと思います」
「えー? ハルカちゃんがそれ言うー? 先生だって、仕事中にさぼって居眠りしてたじゃん」
「むぐうっ」
私ってば、なんて格好がつかない教員なのだろう。
「あっ、そうだ。ウチね、昨日デッキ構成変えたんだっ。昼休み、調整つきあってよ。デュエろうぜ」
「まあいいですけど」
「約束だかんね。じゃ、そゆことで」
ビシっと敬礼してから、保健室を飛び出していく。まるで嵐のような子だ。