第4話 週末は2人で

文字数 4,735文字

 二晩あけて、月曜日。
 今日もミライは笑顔でたくさんの友達に囲まれながら、校門を抜ける。
 私は保健室の窓からそれを眺める。ふと、視線が重なり、ミライが微笑んだ。
 私は恥ずかしくなって、窓の下にしゃがみ込んでしまった。
 恐る恐る外を覗くと、友達と談笑しているミライが見える。視線が重なったと思ったのは、私の気のせいだったのかもしれない。
 昼休みになるとミライがやってきて、ミライの手作り弁当を一緒に食べて、カードをする。
 今週は月・水・木と、三回そんな日があった。あとの二日間は、ずっと保健室で一人きり。水曜は校内のトイレットペーパーのチェック、木曜は職員会議があり、まあまあ忙しかった。
 そして、金曜日。
「よっしゃ~~! 仕事のストレスぶつけたる~~~~!!」
 駅前のゲーセンで、2on2のロボット対戦ゲーを遊ぶサキ。私は相方で、前衛を張る彼女のサポート役。
 これはこれで楽しいけれど、思ってしまう。今頃ミライは、他の友達たちと楽しく過ごしているのかなぁ、と。


 日曜日。
 今日は待ちに待った、ミライとのお出かけの日だ。
 正午。ショッピングモールの前で待ち合わせる。
「やっほ~ハルカちゃん。待った?」
 現れたハルカはオフショルダーで袖の長い白いトップスと、タイトシルエットのブラウンカラーなミニスカート、それに濃いチョコレート色のブーツを身に着けていた。長くて黄色く染められた髪は、いつもより強めのウェーブがかかった状態で肩のあたりまで下ろされている。可愛いけれど、寒くはないのだろうか。
 対する私は、ロングコート姿。中にはロングスカートとセーター。すべてが無地で黒一色だ。
「いえ、今きたところです。日向さんは、今日も可愛いですね」
「ありがと。ハルカちゃんも可愛いよ。だけど、今日はもっと可愛くなっちゃおうね」
 私のための買い物なのに、自分のことの様に嬉しそうに言う。そういうところが、友達の多い理由なのだろう。
「じゃあ先にお昼いっちゃおっか。なにか食べたいのある?」
「日向さんのオススメでお願いします」
 私はよく外食をするけれど、お安い定食屋、チェーンのハンバーガーショップにラーメン屋。そういったものをローテーションしているだけだ。女子力の欠片もない。
「それでもいいけど、ウチはハルカちゃんのオススメに行きたいなあ」
「私がよくいくのはラーメン屋ですけど」
 おしゃれなミライには似合わないのではないだろうか。
 しかしながら、ミライは指をぱちんと鳴らし、楽しそうに言うのだ。
「んじゃ、そこいこっか。がっつりキメたい気分だし」
 なるほど。どんなでも美味しく食べるのがミライだったか。
 ランチを済ませたら、ミライがバイトをしているという服屋に足を運ぶ。なんでも、ギャル向けファッションのブランドだとか。
「あの、こういうお店は私には似合わないのでは……」
「そんなことないない。いこいこっ」
 半ば強引に連れ込まれ、くま耳つきフードのファーブルゾンだの、服の中央に縦一列ボタンが並びその左右をレースで飾ったラブリーなワンピースだの、まさか自分が着ることになるとは思いもしなかったコーデにそでを通していく。
 はじめは恥ずかしいやら、似合うかどうか不安やらでドキドキしていたが、私が試着室から出てくるたびに、ミライは「可愛い! ハルカちゃんはピンクが合うね」「スタイルがいいんだから、体のラインが見えるコーデも合うよね」「写真撮っていいかな。すっごくキュートだよ」「セクシー路線もイケるじゃん!」とほめてくれるので、徐々にその気になってしまう。
 気づけば、両手にパンパンに膨れた紙袋を手にしていた。
「いやぁ~、買ったね~。でもお給料大丈夫だった?」
「しばらくもやし生活をすれば、なんとか」
「ダメダメ。だったら、夜ご飯も私が作りに来ちゃうよっ。それとも、しばらくウチで食べていく?」
 とても魅力的な提案だったけれど、ミライの両親にまで甘えるわけにはいかない。一応、大人で先生なわけだし。
「いえ、来週発売の新パックを買う量を減らせば、なんとかなります」
「それは辛いねぇ。ごめんね?」
「いえ、楽しかったです。カードでしたら、ミライさんとトレードしながら集めるという手もありますし」
「今、ミライって呼んだ?」
「あっ」
 うっかり。心の中ではそう呼んでいたので、つい言葉に出てしまった。
「日向、さん」
「んもー、なんで言い直すかなぁ。前からずっと言ってるじゃん。ミライでいいよって」
「で、では、ミライ……さん」
「さん付けもなくてもいいんだけど、まあよしとしますか」
 本当はちゃん付けで呼んでみたいのだけれど、そこまでの勇気はない。ミライは許可してくれるだろうが、私が恥ずかしい。
「この後はどうする?」
「今日のお礼がしたいので、一緒にスイーツでもどうですか? それから、カードショップにでも」
「いいね。じゃあそのスイーツのお店、案内して?」
 スイーツに関しても、私はよく知らない。なので、今日のために調べたのだ。

 やってきたのはクレープがウリの洒落たカフェ。黄色い看板と、ポップなフォントで描かれた「クレープファンタジー」という店名が特徴的なお店。
「おお、ここかー」
「知っているお店でしたか」
 考えてみれば、当然だ。ミライは私なんかより、遥かに交友関係が広いのだから。
「知ってはいるんだけどね。入ったのは初めてかも」
「そうでしたか」
 なら、一安心だ。
 私も初めてなのだけれど。
 入店してテーブル席に着き、メニュー本を開いてみると、なんともいかがわしい名前のパフェが目にとまった。
「ねえねえ、これ。カップル限定メニュー、イチゴカスタード&ショコラのクレープパフェだって。クレープを切って、パフェの具にしてあるみたい」
 心臓を吐くかと思った。私が見ていたのも、同じメニューだからだ。
「これにしない?」
「えっ……でも、カップル限定って」
「男女じゃないといけないなんて、書いてないでしょ。そーゆーことにしときゃあいいじゃん」
「ミライ……さんがいいなら」
 つかの間の恋人気分を味わうことにしよう。
 もっとも、ミライのことだ。他の友達とも、特に気にすることなく同じようなことをしているのだろうけれど。

 夜になると、ミライは私の部屋に来て、私の髪をいじってくれた。セミロングの髪の左右をちょこんと結んで、サイドテールにされてみたり。髪の後ろ側を横一列に編み込まれてみたり。
「ほら、可愛い」
 手鏡で、私のいじられた髪を見せてくれる。
「こういうのは、もっと若い方がする髪型なのではないでしょうか」
「ハルカちゃんだって若いでしょ。それに、大人だからこそもっとおしゃれをしなきゃなんだよ」
 一理あるのかもしれない。
 ミライはひとしきり私の髪をいじって楽しんだ後、言った。
「今日、泊ってもいいかな?」
「もちろん。こんなこともあろうかと、ミライさんの分の歯ブラシ、買ってあるんですよ」
 さすがにひかれるだろうか?
「わぁ、さっすがハルカちゃん。準備いいねぇ」
 杞憂だったようだ。
 わかっている。これも、彼女にとっては友達同士のやり取りにすぎないのだと。
 恋人気分を味わっているのは私だけだ。だが、それでいいのだ。この秘めたる気持ちを打ち明けて、ミライを困惑させ彼女の貴重な青春を傷つけたくはないのだから。
 私は大好きな彼女が幸せでいてくれるのなら、それでいい。
「んじゃ、朝までカードしよっか」
「そうですね」
 夜は私たちらしく、楽しく過ごす。日が昇ってくると、窓から差し込む光が目に刺さる。十代の体力にはかなわない。二十代も後半になると、徹夜はちょっぴりきつい。
「少しだけ、眠ろっか?」
 ミライはそんな私を気遣ってか、優しく微笑んでくれる。
 私が小さく首を縦に振るうと、彼女は私のベッドに腰かけ、隣を叩く。
 女同士なのだから、一緒に眠るのは普通のことなのだろう。友達がほとんどいない私には、この距離感はよくわからない。
 私は緊張を隠すように、静かにベッドに上がり、彼女の隣で仰向けになった。
 ミライとの恋を実らせるつもりはないけれど、寝相のふりしてさりげなく抱き着くくらいは許されるだろうか。
 などともくろんではみたものの、睡魔には勝てず、気が付けば壁の時計が十二時を示していた。
「お、起きたんだ?」
 声のした方を見れば、エプロン姿のミライが立っている。見慣れぬピンクのエプロンは、おそらく彼女が持参したもの。例のごとく、デフォルメされたモンスターがプリントされている。
「お昼ご飯、ちょうどできたんだけど、食べる?」
「食べます」
「冷蔵庫、前よりはマシになったけどさ、冷食ばっかりだね。アレンジした簡単な炒めものとかだけど、いいよね?」
「ええ。ありがとうございます。次からは食費を置いておきますので、好きなものを買って、つくっていいですよ」
「だったら、一緒に買い物しようよ。その方が楽しいっしょ」
 それって、夫婦みたいだ。
 と思ったが、もちろん言葉には出さなかった。


 クリスマスがやってきた。
 前日、年内最後の登校日にミライは言った。
「ハルカちゃん、クリスマスの予定ってある?」
 当然、私の返事はこうだ。
「暇です」
 もしかしたら、デートに誘われてしまうのではないだろうか。そうなったら嬉しいけれど、同時に貴重な高校時代のクリスマスを私のために使わせて、申し訳なくもなってしまう。
「デュエモンのコラボカフェやってんだけどさ、クリスマスの日限定の注文特典にポストカードがあって、クリスマスメニューとかもやってんだけど、よかったらいかない?」
 違った。これはデートではない。いつもの趣味のやつだ。
 これなら、安心して誘いに乗れる。
「いきます」
 ということがあったので、本日のランチタイムはコラボカフェを楽しんだ。その後、カードショップに向かう途中で尿意に襲われた私は、近くのコンビニのトイレを借りることにした。それから外で待っているミライの元へ戻ろうとすると、彼女は男と一緒だった。
 長身で、黒髪で、真面目そうな高性能。俗にいうイケメンというやつだ。
 二人はなにやら楽しそうに話していた。私は胸がちくりと痛むのを感じた。
 おかしい。ミライが幸せなら、私は心から祝福できるはずなのに。
 視線が重なった。ミライが私に気づいたのだ。私は視線をそらし、店の出口付近から、奥の弁当コーナーへと逃げ出す。
「ちょっ、ちょっ、なんで逃げるの?」
 しかし、すぐに手首を捕まれてしまう。
 私は硬直し、自分でも予想外な行動をしてしまったことで、完全に脳を停止させた。
「これ、ウチのお兄ちゃんだよ」
 オニイチャン?
 ああ、兄のことか。
 どうやら勘違いだったようだ。
「お前、朝から出かけてると思ったら女友達と遊んでただけかよ。クリスマスの日に寂しいやつだな」
「うっさいっつーの。お兄ちゃんこそ、クリスマス日にソロでゲーセンハシゴしてんじゃん」
「ばーか。俺は彼女と一緒だっての。ほれ」
 ミライ兄が見せてきたスマホの画面には、どこかのラーメン屋で撮ったらしい自撮り写真が表示されていた。彼の隣に写っているのは、二次元の女の子。AR機能を使って撮られた写真のようだ。
「そっか。まあ、お兄ちゃんが楽しいならそれでいいんじゃない」
「ああ。そういうわけで、俺は忙しいんだ。まだゲットしなきゃいけねープライズフィギュアが残ってるんでな」
 片手をひらひらと振って、去っていくミライ兄。
「仲がいいんですね」
「まぁね。それより、ハルカちゃんこの後どうする? 特に何もなかったら、いつものカードショップ行こうよ」
「ですね。この間の新パックで入手できなかったカードも探したいですし」

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